『マジカル・ガール』
原題:Magical Girl
2014年 スペイン
監督:カルトス・ベルムト
出演:ルイス・ベルメホ、バルバラ・レニー、ホセ・サクリスタン
おススメ度★★★★★(5/5)
まったく予想外の展開に転げ落ちていく傑作。着地点がまったく読めない。個人的にツボに入りました。 説明を省いた作りではあるけど決してわかりにくくはないです。むしろわかりやすい。予備知識なしで観たほうが絶対に面白い映画なので、興味のある方は、ネタバレ以降はぜひ観てから。題名の印象と中身がまったく違う映画、犯罪映画が苦手な人は注意です。
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◆目次
あらすじ(ネタバレなし)
日本のアニメ「魔法少女ユキコ」に憧れる白血病の少女がいた。12歳の彼女の希望は「ユキコのコスプレをして踊ること」と「13歳になること」。なんとか叶えてやりたいと思う父だが、衣装は一点物で90万円(7千ユーロ)もする。
失業中でおカネのない父がなんとか7千ユーロの大金を作ろうと奔走…したことから、物語はあさっての方向に向かって走り出し、やがて大きな悲劇の連鎖が…。
冒頭、高校生のバルバラが教師に説教をされている。授業中に「ダサい。クサイおやじ」などと、教師の悪口を書いた紙をまわして笑っていたからだ。教師・ダミアンは「紙を渡しなさい。」というが、バルバラは「無理。だってもうないから。」と、紙を握っていたはずの手を開く。そこには紙はなかった。
時は経ち…、
日本のアイドル歌謡曲に合わせて踊っている少女・アリシアがいる。彼女の髪が短髪なのは白血病の治療のせいだ。父・ルイスとの二人暮らし。ルイスがアリシアの部屋に入ると、そこには「お願いごとノート」があった。ノートには「日本のデザイナー××が日本のアイドルMEGUMIのためにデザインした魔法少女ユキコの衣装を来て踊ること」と「13歳になること」と書いてあった。
父ルイスがネット通販で調べると、それは一点物で90万円もした。ユーロ換算で7千ユーロの大金。アタマを抱えるルイス。
元教師ながら失業中のルイスは、かたっぱしから知人を訪ねてお金の工面をお願いするが断られる。ついに意を決して宝石店のショウウインドウを割ろうと石を持ち上げたところで…上から、なにやら汚物が降ってきてルイスの服を汚した。
メンヘラ女・バルバラがいる。夫の精神科医に、常に薬を飲んだかどうかチェックされ、睡眠薬で眠らされ、厳重な監視と調教の元で暮らしていた。情緒不安定のバルバラをみてため息をつく旦那だったが、彼女を間違いなく愛しているようだ。
なにかと問題を起こすバルバラ。自分の額をガラスにうちつけて血を流し大量の睡眠薬を飲む。が、急激に飲み込んだためにベランダから吐いてしまう。
バルバラの嘔吐物は、一階の宝石店の前にいたルイスを直撃した。あわてて降りたバルバラは謝り、シャワーを浴びさせるためにルイスを部屋に入れる。「ハグして」と言われたルイスはハグしてキスをするが「なにするの!私は人妻よ」とめっちゃ怒られるルイス。「いやいやあんたが抱いてくれって言ったんじゃないか。」
やや時間経過、裸でベッドから起き上がるルイス。
翌朝、バルバラが旦那といるところにルイスから電話がかかってくる。「旦那には電話会社のフリをした。昨夜のことをばらされたくなかったら7千ユーロ用意しろ。」と脅す。携帯電話に証拠を録音してあると言う。
==以下ネタバレ==
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ネタバレあらすじ
バルバラは、秘密SМクラブを経営するアダの元へ行く。そこに集まっているメンバーたちから「バルバラ、ひさしぶりじゃないか」な顔で迎えられる。バルバラはアダに「7千ユーロ必要。挿入なし。」と条件を伝える。翌朝11時、迎えが来た。あるお金持ちの屋敷に連れていかれたバルバラは全裸をチェックされ一枚の紙を渡される。そこには「ブリキ」と書いてあった。「プレイを止めるにはその合言葉しかない。覚えて。部屋に入って忘れてしまう人もいるが、忘れたらプレイは止まらない。我慢すればするだけおカネになる。」と説明される。
7千ユーロを作ったバルバラは、ルイスから指定された図書館の指定の本の中におカネを隠した。受け取りにきたルイスは札束をかぞえて安堵する。
ルイスはアリシアに魔法少女ユキコの衣装をプレゼントした。しかし、なにかおかしい。アリシアは嬉しそうな顔をせず、衣装の空箱を見て「なにかを探す」素振り。挙句、衣装をキッチンに放置したまま部屋にこもって泣いてしまった。ルイスはあらためて魔法少女ユキコのポスターを見た。ポスターの中のユキコは手にステッキを持っていた。「それかー!!」。ネットでチェックするルイス。ステッキは衣装の3倍近い価格だった。2万ユーロ。再び頭を抱えるルイス。
バルバラの携帯が鳴った。「まだカネがいる。2万ユーロだ。」
またアダの元に向かうバルバラ。アダは良い顔をしなかった。一回で2万ユーロは無理だと断る。「トカゲ部屋に入る」と言い出すバルバラ。トカゲ部屋という言葉を聞いて「斡旋できない」と眉をしかめるアダ。高価な中間マージンさえ棒にふるほど、トカゲ部屋に誰かを紹介することを怖がっていた。
バルバラは前回のハイヤー運転手に連絡を取り、アダとは別ルートで屋敷に来た。玄関には誰もいなかったがトカゲ部屋の扉には「合言葉の紙」が挟んであった。しかし、紙は白紙だ。つまり、プレイを止める権利は与えられないという意味だ。
冒頭に出てきた教師・ダミアンが刑務所から出所することになった。今はすっかり老人になったダミアンは、刑務官に「できれば外に出たくない。この中にいたい」と言う。理由を問う刑務官に「バルバラと再会するのが怖いんだ。」と言う。ちなみに、ダミアンがなぜ刑務所に10年も服役したかは劇中で明らかにされない。但し、それがなにかしら「バルバラを救うため」であったことが後半にダミアンの口から語られる。
出所して自宅に戻ったダミアンは、自宅マンション前で女性が倒れているのを発見する。心配して声をかけたダミアンは頭を抱える。意識朦朧で倒れていた女性はバルバラだった。仕方なく部屋にあげ救急車を呼ぶ。バルバラは「助けて」というが、ダミアンは「できれば関わりたくない」とバルバラを避けたがる。
翌日、夫からの電話で「彼女が望んでいる。少しでいいから会いにきてやってほしい。」と頼まれたダミアンは仕方なしに病院に向かう。
そこでも「だから関わりたくないんだ。早く帰りたい」と言うダミアンに、全身包帯の大怪我をしているバルバラは「図書館で良くみかける男に強姦された。」と嘘をつく。「あなたはいつも私を守ってくれる守護天使だ。」とも。
ダミアンは自宅でハードボイルドな音楽をかけつつ、髪をなでつけ、スーツでびっしりと決めて臨戦態勢をとる。行った先は刑務所で知り合った仲間の家。「頼みたいことがある。」
次に向かったのはルイス宅。後をつけ、ルイスいきつけのバーに自分も入る。世間話からルイスに接近したダミアンは「バルバラを知っているな。」と切り出し、懐に忍ばせていた銃をテーブルの上に置く。バーには店主と他の客がひとり居た。
「その銃で私を撃て。二人の証人の前で私を殺して刑務所に入るんだ。私が完全に死ななかった場合は、俺のムショ仲間がお前を殺しにくることになっている。だから確実に殺すんだ。刑務所で、殺人とバルバラを強姦して大怪我を負わせた罪を償うんだ。」と言う。
それを聞いて首をかしげるルイス。「ちょっと待て。強姦はしていない。浮気を携帯電話に録音して脅したが、暴行もしていない。バルバラが望んで寝ただけだ。」
それを聞いたダミアンは「バルバラが望んでお前と寝たのか?」と確認すると、いきなりテーブルに置いていた銃でルイスの額を撃ち抜く。少し迷ってから、その場にいた店主と客も射殺する。
証拠の携帯電話を入手するためにルイスの自宅にいくダミアン。部屋に入ると、日本の歌謡曲が流れだし、アリシアが魔法少女ユキコの衣装にステッキを持って立っていた。お父さんが帰宅したと思ったのだ。その光景に唖然とするダミアンは「お父さんが携帯を忘れたので頼まれて取りに来た。」と嘘をつき携帯をポケットに入れると一旦は出て行こうとするが、引き返し、アリシアに銃を向ける。「後ろを向け。こっちを見るな。」というがアリシアはその言葉を無視するように、頑として鋭い目線でダミアンを凝視し続ける。銃声が響く。
バルバラの病室。ダミアンの手にはルイスの携帯があった。「すべて始末した。」というダミアンに「やはり守護天使ね。」というバルバラ。手を差し出すバルバラに携帯電話を渡す…と思わせて両手で覆ってしまうダミアン。「どうして渡してくれないの?」と聞くバルバラに「無理。だってもうないから。」と手を開く。そこには携帯電話はなかった。
つまりこういう映画(語りポイント)
説明を排除した映画…と言われていて確かにそうですが、決して「わけわからない映画」ではありません。むしろかなりわかりやすい。それは、特に説明する必要のないところを排除しているだけで、伝えるべき情報はしっかりと説明しているからです。
「どこを見せるか」「どこを見せないか(語らないか)」の選択が本当に絶妙。
たとえばボコボコにされている(であろう)顔は写さないとか、銃で撃つ(撃たれる)シーンであえてカメラを切り返さず、片側の人間しか見せないとか。「見せない」ことにより観客に想像させる巧さは絶品ですが、決して説明していないわけではない。むしろめっちゃ説明してくれる。たまにある「投げっぱなし=好きに解釈して」系の自己満足映画とは絶対的に違う。テーマの捉え方は人それぞれだとしても、作り手が用意したものに関しては、観客がほぼ同じモノを受け取れるのではないでしょうか。
以下、僕なりの解釈と感想をつらつらと…。
・アタマとラストの「無理。だってもうないから」について。
時をまたいで二人の手の中にあるのは「悪口を書いた紙」と「情事を録音した携帯電話」ですよね。共通するのは「たいしたものじゃない。」ということ。
もちろん、そこから大きくコトが動き出すキッカケであり重要なアイテムなのですが、そうなったのは、その後の選択と使い方を間違ったからに過ぎなくて、モノそのものはなんてことない「紙」と「携帯電話」なのです。
「大抵のことは時間が解決」するのが世の常です。それらがすぐに手から消えてしまったのは「時が経てば忘れ去られる程度のモノ」を表した比喩と解釈しました。
ここで思い出したのは韓国版「オールド・ボーイ」の名セリフ「 砂粒であれ岩の塊であれ水に沈むのは同じ」でした。「オールド・ボーイ」は、自分にとってはなんてことない些細な行動により買った恨みが元で、15年間も監禁されてエライ目にあう話ですが「誰かにとっては取るにも足らない小さな事でも、ある誰かにとっては命を落とすほどの大問題に成り得る」という意味。
バルバラとダミアンにとっては、それが「紙」であり「携帯」だったのですが、傍からみたら「なにをそこまで」なんです。「もっと違う方法で収められるんじゃないの?」と感じるんです。ただ、本人にとっては命を取られちゃうくらいの大問題だと。
世の中、問題の発端は「小さな」「なんてことない」事だったりする。そして、その程度のトラブル(?)なんて日々の生活で常時発生しているもの。そこを恨むのは責任転嫁でしかなく、すべての事象と結果は、その後の選択次第、自分の考え方や行動次第で決まってくるもの…という教訓でしょうか。
バルバラとダミアンの「現状」は、簡単に消えて失くなる程度の「悪口を書いた紙」や「録音された携帯電話」によって作られたのではない。その後の自らの選択によって作られたのだ、ということですね。
・「~でなければいけない不思議」について。
バルバラとダミアンの過去になにがあったのかは描かれていませんが、ダミアンが10年も服役するくらいだし「出所してバルバラに会うのが怖い」と恐れてるほどですから、よほど複雑な関係性があったのかも知れません。あるいは、たいした関係性ではないけども、どちらかの精神的依存性が異常だったとか。要は、ダミアンは(なにかを)やるしかなかった。それは「腐れ縁」かも知れないし「主従関係」か何かはわからないけど。「バルバラでなければいけないなにか」がダミアンの中にあるのです。あるいは逆、バルバラにとって「ダミアンでなければいけないなにか」があるか。
さらに、ダミアンはルイスを追いつめた際に、当初は「自分を殺せ」と言っていたのに「バルバラが自分から誘って男と寝た」と聞いた途端、まるで条件反射のような素早さでルイスを撃ち殺す。ここは受け入れたくない、聞きたくない、現実逃避か。
ダミアンの中に「バルバラとはこうでなければいけない」という偶像に近いイメージがあるということか。
ダミアンにとってバルバラは、もう関わりたくない、逃げたいと口では言っていても、運命の赤い糸で縛られているかのように決して離れられない逃げられない存在なのでしょう。いや、運命の赤い糸が本当にあるという話ではなく、それもまた、ダミアン自身が選択している運命だと言うことに、自分自身で気付いているかはわからないけども。
ようやく作り上げてきたジグソーパズルの最後のピースは、すでに自分の手で捨てていた…なんてエピソードからもそんな構図が匂ってきます。
この「~でなければいけない不思議」は、アリシアのエピソードでも感じます。
白血病の少女アリシア。別に魔法少女ユキコの衣装じゃなくてもいいと思いませんか?もうちょっと安い似た衣装でいいし、ステッキがなくてもいいやんと。それくらい我慢しろと、僕なら思います。ただ、アリシアにとっては「本物のユキコの衣装じゃなきゃ」「ステッキがなきゃ」ダメなのです。わざわざお父さんが見るであろう「願いごとノート」に「日本のデザイナー××が日本のアイドルMEGUMIのためにデザインした魔法少女ユキコの衣装」と、めちゃくちゃ商品指定するくらいですから。
「魔法少女ユキコ」に、なにかしらの「でなければいけない」ものがあるのか?とも思いましたが、ここは「そうではない」と解釈してみます。ここが「あえて無茶ぶりをすることで、お父さんの存在を確かめたかった」あえてワガママを言ってみたい、それを聞いて頑張ってくれる父を見たかった…なんてことだとしたらどうでしょか。
そして、ドレスをほったらかして部屋で泣いているのも、もしかしたら別の涙だったかも知れない、とちょっと想像しています。つまり、あれは「ステッキがない~」と泣いているのではなく、そんなワガママを言って父を困らせた自分に対する自己嫌悪が襲ってきて泣いている…と推測して見れば、そう見えなくもないです。これはさすがに裏読みすぎでしょうか。
バルバラの夫にしても、超メンヘラのバルバラとの共同生活に、相当疲れている様子が見える。それでも、忍耐強く努力していることが伝わってくる。夫もまた「彼女が妻じゃなきゃダメ」だと思っているか、あるいは彼女と一蓮托生の想いでいるのか。いずれにしろ運命や宿命に従う姿勢が見えます。
「宿命の物語」「想い」の物語。傑作です。