【映画で語ろう】カムシネマ★3分で語れるようになるポイント【ネタバレあらすじ】

映画を観たなら語りたい。映画の紹介から、ネタバレあらすじ、著者の独断と偏見による「語りポイント」まで。

3分で映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』を語れるようになるネタバレあらすじ

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基本データ・おススメ度

『ライク・サムワン・イン・ラブ』
原題:LIKE SOMEONE IN LOVE
2012年 日本・フランス
監督:アッバス・キアロスタミ
出演:奥野匡、高梨臨、加瀬亮。でんでん
 おススメ度★★☆☆☆(2/5)
 全編日本ロケ、日本人俳優、日本語による日仏合作。小津安二郎の大ファンだと公言するイラン人監督・キアロスタミの「邦画のような」「フランス映画のような」いろいろブレンドされた怪作。観る人によってはまったく面白くないでしょう。決して良質な作品でもない。キアロスタミ監督の味が好きか嫌いか、ふたつにひとつ。

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◆目次

 

 あらすじ(ネタバレなし)

 冒頭、女子大生の明子(高梨臨)がバーでオヤジ(でんでん)といる。近くには友達らしき女性。そこに彼氏ノリアキ(加瀬亮)から電話がかかってくる。明子は「女友達といる」と嘘をつくが浮気を疑うノリアキの作戦にはまって嘘がバレてしまう。

 明子が隠そうとしていたのは、オヤジとの浮気ではなく、風俗で働いていることだった。一緒にいたオヤジは風俗のマネージャーらしく、遠方からの指名を断りたい明子を説得していたのだった。

 明子は観念して、派遣先に向かうことに。ひとりでタクシーに乗せられる。

 途中、田舎のおばぁちゃんから何度も留守電が入っている。どうやら明子は、今の仕事や生活を説明するのが面倒で、実家からの電話などを避けていた。おばぁちゃんは「明子に会いたい」と東京まで来ており「今、ここにいる」「(ダメもとでも)明子を待ってみる」内容の留守電だった。

 しかし、明子はそのまま高速に乗り、派遣先へ向かった。

 そこで待っていたのは84歳のジジイ・タカシ(奥野匡)、大学教授のジジイは、先立たれた妻の若い頃にそっくりな明子をたまたまピンクチラシでみつけて、自分の家までデリバリーを頼んだのだった。

 翌朝、明子を大学まで送っていったタカシは、彼氏のノリアキと遭遇する。ずかずかとタカシの車に乗り込んできたノリアキに、話の流れから「明子の祖父」だと嘘をつく。すっかり「彼女のおじいちゃん」と思い込んだノリアキは、徐々に心を許し、タカシと良い関係を築こうとするのだが…。

==以下、ネタバレ==

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ネタバレあらすじ

 ノリアキは粗暴なタイプだが、結婚に対しては真摯に考える面があったり、すべてに於いて優柔不断でいい加減な明子に対して、ノリアキのほうが二人の関係をマジメに考えているよう。

 ノリアキは中卒だが、自動車整備工場を経営していて調子の悪いタカシの車を無償で修理もする。

 数日後、明子から泣いて電話があった。ノリアキに嘘がばれたのだ。殴られた顔を腫らして逃げ込んできた明子。部屋の外では大騒ぎ。ノリアキが暴れているらしい。「騙しやがって。殺すぞジジイ。」と叫んでいる。

 窓から外を伺ったタカシ。次の瞬間、投石によって窓が叩き割られた。

つまりこういう映画(語りポイント)

 序盤から、巧いのか下手なのか良くわからない演出・カメラワーク・編集のオンパレードで、キアロスタミだから「すごい」と言われるけど、同じ事をどこかの新人監督がやったら先輩に怒られるレベルの違和感がある」箇所が随所に見受けられる。但し、それもこれも「味」になるのが映画の面白いところでつくづく、映画は「映像作りの巧拙ではない」と感じる。

 高梨臨が演じる女子大生が、タクシーの中でおばぁちゃんの留守電を延々と聞くあたりで、個人的にはツボに入ってきた。この味を「良い」と感じるか「退屈」と感じるか、好き嫌いがハッキリ分かれそう。

 一晩一緒に過ごすなり、翌朝には「明子」と馴れ馴れしく呼び捨てにするジジイ、とか、映画の本筋とは関係のないところに、笑いのツボがあったりします。

 この監督の手法のひとつは「見せない」こと。

 食事をしよう」というおじいちゃんに「私、眠い。寝る。」と言い張ってベッドを離れない女子大生。ここも、ずっとおじいちゃんを写しながら、ベッドの上の女子大生はセリフと気配だけ。極めつけはラスト、真実を知って激高する加瀬亮が外で喚き散らしているのだけど、ここも声だけ。 まるで、予算のない自主映画が「仕方なしにそうした」ような「見せない演出」がまた「いかにも映画っぽい」。

 邦画の予算は洋画に比べたら遥かに少ない。それゆえに、現場の「仕方ないからこうしよう」から生まれた副産物が、邦画にはたくさんあるように思う。長廻しにしたって、カットを割って撮っている時間がないからかも知れないし、俳優のアップに寄るカットが撮れないから、引きのワンカットで通したのかも知れない。いつしか、それが日本映画らしい味になっていった経緯もあるだろう。

 小津安二郎の大ファンだと公言するキアロスタミの「邦画よりも邦画っぽい」センス。それは、舞台が日本だから日本人俳優だから、ではなく、監督の中に根付いているもの。ドリーやクレーンを使うハリウッド的なカメラワークは皆無に近く固定カメラの切り返しとパンが中心なのも、低予算ぽい、つまり邦画っぽい。

 外国人監督にとって「いまどき公衆電話ボックスにピンクチラシが貼ってあるなんてことはない」とか「ラジオで『硝子坂』が最新ヒット曲のように流れたのはどういうわけ?」とか、そんなことはどうでもいい。日本という異国の地の物語、監督が考える「日本らしさ」のほうが大事。

 最後の唐突な終わり方も含め、決して絶賛するような脚本ではないでしょう。

 この監督の味が好きか嫌いか。ふたつにひとつの映画。

 それにしても加瀬亮さんは演技がうまい。