基本データ・おススメ度
『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』
原題:Contratiempo
2016年 スペイン
監督:オリオル・パウロ
出演:マリオ・カサス、アナ・ワヘネル、バルバラ・レニー、ホセ・コロナド、イニィゴ・ガステシ、フランセスク・オレーリャ
おススメ度★★★★☆(4/5)
重厚で密度の濃いミステリーですが、この映画の見どころは、観客が見事に騙される、ある「映画的技法」にある。人間の思い込みを利用した映画的トリック、良く考えられたプロットに脱帽。これは面白い!とおススメできる映画です。これから観る方は、ぜひ、一切のネタバレなしでどうぞ。きっと、見事にやられます。
<広告>
◆目次
あらすじ(ネタバレなし)
若手起業家、ドリアの部屋に、女性の敏腕弁護士、グッドマンがやってきた。約束の時間より3時間早いのは「緊急事態」が起こったから。
不倫相手である写真家ローラ殺害の容疑者として起訴されているドリアに、検察が新証人を用意したという。急いで策を練らないとマズイことになる。
ドリアが事の経緯を話す。事件が起こった田舎街のホテルには「ローラに呼ばれて言った。」と言う。ローラとのダブル不倫をネタに何者かが脅迫してきた。指定された部屋に二人で入って待っていると、誰かに後ろから殴られて気を失い、その間にローラは殺害されていた。部屋は内側からチェーンがかかっており密室状態。警察はドリアを犯人としたが、自分はやっていないと否認していた。
誰かが密室トリックを使って、ドリアを犯人に仕立て上げたという話。
グッドマンは強い口調でドリアを責め「すべて話してもらわないと困る」と追及する。「襲ってきた相手に心あたりがあるのでは?」
ドリアは覚悟して「隠していた事件」を話しだす。
3か月前、ローラとの不倫旅行の際、妻に申し訳ないのでもう別れようと切り出したドリアは、車の中で口論していたことで、対向車と衝突事故を起こしてしまう。対向車を運転していた若い男ダニエルは即死。
警察に通報しようとしてドリアに、ローラが「そんなことをしたらすべてを失くす。誰も見ていないわ。逃げよう。」と言い出す。そこに、通りかかった地元の男に二人は目撃されてしまうが、ローラの機転で、ドリアとローラが事故を起こして交渉しているフリをし、事なきを得る。
しかし、目撃者が出来てしまったことでこの場からただ逃げるわけにはいかなくなった。ローラが「死体をどこかに捨ててきて」と指示。ドリアは車ごと湖に沈める。その間、ローラはひとりで現場にいたが、動かなくなった車を心配して、初老の男トマスが声をかけてきた。元整備士だというトマスは、ローラの乗っている(ドリアの)車をけん引し自宅へ持っていく。
トマスが修理している間、ローラはトマスの妻と会話。なんと、二人が殺してしまった若者ダニエルはトマスたちの息子だった。
帰りが遅い息子を心配した母親が携帯に電話をかける。ダニエルの携帯はローラのポケットの中にあった。事故をごまかす際、ついポケットに入れっぱなしにしてしまったのだ。同じ家の中で鳴る着信音。ローラはあわてて携帯をソファーに置き、ダニエルが携帯を自宅に忘れて行ったと思わせた。
しかし、修理が終わった車に乗り込み発車するローラを見送るトマスの目は疑惑に満ちていた。
ホテルでのローラ殺害事件と、その前に田舎町でドリアとローラが起こした交通事故からの遺体遺棄事件。ふたつの事件は、どう関係しているのか?
==以下ネタバレ==
<広告>
ネタバレあらすじ
車はスクラップ工場で廃車にした。ドリアとロ―ラは二度と会わない約束をした。ドリアはパリにいたことにし、成功した起業家らしく、カネとコネを駆使して事件を隠蔽した。有能な弁護士も雇った。事件を思い出すたび心を痛めたというドリア。
しかし、警察がドリアを疑って捜査を始めた。男性の父親トマスが事件当日に道で女性を助けた。警察は、その女性(ローラ)が誰かと共謀して事件を隠蔽したとみている。そして、彼女が乗っていた車のナンバーが、父親の証言から、ドリアの車だった。弁護士の反論でなんとかその場を逃れるドリア。そして、カネの力でパリにいたというアリバイをねつ造。やがて捜査線上から逃れた。
が、そこでローラ暴走。銀行員である夫のパソコンを操作し、殺した若者ダニエルが銀行のカネを横領して逃亡しているように見せかけ、ドリアを脅してきたという。
パーティで、記者になりすましてドリアに接近してきたのは父親トマス。トマスはドリアが犯人だと確信していて「本当のことを言え」と迫るが、ドリアの警護の人間に放りだされる。
トマスと妻は、警察に「携帯の件もおかしい。息子は殺された」と涙で訴えるが、証拠がないため、警察も動けない。おまけに警察からは「息子が横領していた」と聞かされるが「絶対にそんなことをする子ではない」と信じている夫婦。妻は心労で倒れてしまった。
トマスはドリアを尾行し、なんとか証拠を掴もうとするが、やがて疲れ果て、妻の世話で精一杯になっていく。
その後、ドリアは、道で会った目撃者に脅迫され、ローラが殺害されたホテルでの事件につながる…という話だった。
しかし、グッドマンは「あなたの話は穴だらけだ。」と疑問点を指摘する。「脅迫の話をして事故の件をうやむやにしようとしている」といい、ある推理を話す。
グッドマンの推理は「ホテルでローラを殺したのは父親のトマスだ」というものだった。トマスの妻は、件のホテルで勤務しており、鍵の管理をしている。彼女の協力によって密室トリックを作り出し、トマスはローラを殺害後、ドリアに罪を着せてその場から去ったのだと。
推理は合点の行くものだった。息子を殺された父親が二人への復讐に成功する話。これで裁判官も納得するはずだと進言する。ローラ殺害を逃れるには、ダニエル殺害を認め、トマスを巻き込むしかないと。
今夜、証言者がいることは嘘だとバラすグッドマン。ドリアに本当のことを話させるための嘘。そのうえで、ドリアを助ける抗弁を考える。だから車を沈めた場所も話して、と説得。
自分の罪を軽くする作戦に納得したドリアは、湖の場所をグッドマンに教えるが「もうひとつ問題がある」と告白。どうやらダニエルはまだ死んでいなかったので、その場で、生きたまま湖に沈めたこと。「それはもはや殺人よ」と激高するグッドマン。
そして、ドリアのここまでの話をくつがえす説を話す。
ローラがすべてを主導していたと話していたが、それはすべて反対ではないのか?事故を隠蔽しようとしたのもドリア、ダニエルを横領犯に仕立てあげたのもドリア、ドリアがすべて主導していたと考えると辻褄が合う、と話す。
その根拠として、ローラは事件のあとパニック障害で治療していた記録がある、罪の意識にさいなまれたからだ。そこで彼女がとるべき道は、本当のことを話すこと。彼女は、ダニエルの両親の元を訪れ、本当のことを話した。
そしてローラは作戦を練った。偽の脅迫話を作り、ドリアからカネを引き出す。それをせめて両親に渡すために。ホテルに呼び出し二人で自首しようと提案したが、保身に走るドリアに殺されたのだと。
ドリアにとってそれは図星の推理だった。グッドマンの優秀さを認めたドリアは、ローラ殺害についても「自分がやった」と自供。そのうえで、グッドマンの戦略に任せることにした。
「作戦を練りましょう、その前に、外の空気を吸ってくるわ」と部屋を出るグッドマン。「ありがとう」と礼を言うドリア。
しかし、グッドマンが部屋に置いていったペンが盗聴器になっていることに気づいたドリアは、すべてを悟る。
トマスの待つ部屋に入ったグッドマンは、トマスと抱き合い、変装を解く。グッドマンと名乗っていた女性は、トマスの妻だった。すべてを録音していたトマスは、警察に電話をかけ「真実がすべてわかった。」と話す。
その頃、時間きっかりに、本物のグッドマンがドリアの部屋を訪ねてきた。
つまりこういう映画(語りポイント)
映画も小説もそれぞれに約束事があり、観客や読者を騙すテクニックもそれぞれですが、映画の場合のダマシ技として「そもそも、語り手が嘘をついていた」というパターンがある。『信頼できない語り手』と呼ばれる有名な手法。古くはアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」ですね。
人は、言葉で聞いた話には疑心暗鬼になりやすいのに、回想シーンなどの映像で見せられると、まるで「自分の眼で見たこと」という認識になってしまうのですね。それが本当か嘘か、疑う気持ちを持ちにくくなる。
この映画も、そんな「嘘の回想シーン」が生み出す観客ダマシのトリックを使っています。『ユージュアル・サスペクツ』の手法。
これ、少々卑怯な部分(矛盾点)があったとしても「見事にコロッとやられた感」が心地良いから、映画全体の評価もグンと上がる効能があります。
容疑者ドリアの供述で進む前半、観客は、ローラという女性が「自分勝手で傲慢、欲と保身に走るひどい女」だと思い込まされます。それは、すでに死んでいるローラに罪を着せるために、ドリアが嘘の作り話をしていたから。実際に傲慢でひどい人間だったのはドリアのほう。
一度そう刷り込まれたら、何もかもそう見えてしまう…人間の思い込みを利用した映画的トリックは見事。
ここで絶妙なのは、話の大筋は嘘ではないのに、ドリアとローラの役割だけをそっくり逆に話しているという点。嘘というのは90%の真実に紛れているもの。90%が嘘だったらバレてしまうけど、10%だからバレにくい。ただ、その10%によって、ドリアとローラの人格が正反対に見える。…最小限の嘘が生み出す絶大な効果。うまい!です。
加えて「ミス・リード」という形で、観客の思い込みを補てんしていくわけですが、そこは、正直ちょっと卑怯なところもあります。
例えば、弁護士グッドマンに成りすました妻が、本当の弁護士と電話で話すシーンは、偶然、飛行機の音で電話の声がきちんと聞こえない=偽物とバレにくいと云う設定。これは、偶然の産物なので、もし、ちゃんと話をしていたらバレちゃった可能性高くない?と突っ込むところではある。けっこうなご都合展開でした。あれがあったから、観客の中で、グッドマンが偽物であるという選択股が薄れたわけなので、脚本的に重要な部分なだけに。
全般、もう少し「真実につながるヒント」を散りばめてくれても良い。観客と「勝負」をするなら、ヒント(伏線)を置いておくほうが、「あれがヒントだったのか。気付かなかった!」と降参できるだけに、逆に、もったいないと感じる。他にも「余分な設定」は確かに多いのです。「それ必要だった?」的なトリックの余り物のようなものはちょこちょこ見受けるのですが、全然、許せる範囲だと思います。
前半のさりげない会話。「妻は元・舞台女優で、演技がうまい」というセリフが、最後のオチと大きく絡んでいるなんて、まさか思いませんからオチを観た後に「おー!!」と思いました。あれは素晴らしい伏線。
「180分以内に済ませる」という宣言は、180分後に本物のグッドマンがやってくるのを知っていたから…というのも「後から考えたら納得感」を演出していて巧い。
密室トリックも、結局「中にいたドリアが犯人」が真相なので、最終的にはトリックでもなんでもなかったわけですが、その前に、仮説として、密室を作り出す手法をひとつ提示してくれてはいるので、まったくの「逃げ」ではない。
単純なミステリーとしても良く出来た脚本。かなりの秀作だと思います。