基本データ・おススメ度
『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』
原題:Locke
2013年 イギリス
監督:スティーヴン・ナイト
出演: トム・ハーディ
おススメ度★★☆☆☆(2/5)
全編「高速道路を走る男」の運転席を写しているだけのワンシチュエーション。登場人物は最後までひとり。妻、子供、浮気相手、上司、部下…五人ほどの相手から、代わる代わる電話がかかってくる「走る会話劇」。面白いです。
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◆目次
あらすじ(ネタバレなし)
建設会社のエリート社員、アイヴァン。明日早朝からの社運を賭けた重要なミッション、今夜の家族とのサッカー観戦、すべての約束を反故にし、急きょ、自宅とは逆方向のロンドンに向けて高速道路を走っている。
一年前、お酒の勢いで生涯初めての浮気をしてしまい、相手を妊娠させてしまった。その相手が、今夜、彼の子供を産むという。アイヴァンは彼女の元に向かっていた。
浮気相手・ベッサンに電話。留守電だった。「今から行く。」とメッセージを残す。
仕事関係の電話を経て、自宅へ電話。息子のエディが出る。今夜は一揃ってテレビでサッカー観戦をする約束をしていた。エディも妻のカトリーヌも、もうユニホームを着て準備オッケーだと言う。はしゃぐ息子に「事情があって、すぐに帰れない。ママにもそう伝えて。」
仕事の部下に電話をし「俺はいけない、指示するから頑張って仕事を終わらせてくれ」と言うと、電話口の向こう部下は焦りまくる。
ベッサンから着信。病院にはロクに看護士もいないし、ナースコールもない。身体は痛いし不安だという弱音。
走りながら、ひっきりなしにかかってくる電話に応答するアイヴァン。
理由を知って狂乱する妻。無邪気にサッカーの話をする息子。工事の責任者が不在になると知り困惑する上司。いきなり重要な仕事を押し付けられパニくる部下。出産直前の浮気相手。
以上5人との、代わる代わる続く(電話での)会話劇。
==以下ネタバレ==
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ネタバレあらすじ
アイヴァンは、妻カトリーナに浮気と妊娠の話を告白する。気が動転して電話を切るカトリーナ。
さらに仕事の上司からも怒りの電話。浮気相手からはまた泣き言。
パニックになってきたアイヴァンは、運転しながら、今は亡き父に文句を言って発散する。幼い頃に父に捨てられたアイヴァンは「俺はオヤジのようにはならない」と心に決めている。
妻・カトリーナから「やはり信じられない」と言われたアイヴァンは「俺も悩んだ、浮気は一回きりだし。でも、生まれてくる子は認知したい。」と、妻の神経を逆なでする。
息子のエディ「ママはショックでトイレに籠っている」。
病院の看護士から「分娩が難しい。帝王切開になる。」との連絡。
部下が進めている仕事の準備もトラブル続き。
ついに完全な怒りモードの入ったカトリーナからは、アイヴァンと相手のベッサンを罵倒する言葉。言わなきゃいいのに「あの人はそんな人じゃない。」などと擁護するものだから、一段とキレる妻カトリーナ。
車内でわめき散らすアイヴァン。また、天国の父に向かって怒鳴っている。
息子のエディから「(応援しているチームが)ゴールした!」。それどころではないアイヴァン。
仕事のトラブルはどんどん深刻に…。
さらに、仕事の電話を息子に手伝わせようとして、妻は「こんなときに仕事の話?」と怒りが増幅。
次男・ショーンから「試合は勝った。コールドウェルが2点、ロビンソンが1点ゴールしたよ。」「ママが皿を割っている」
カトリーナから、ついに三行半「許せない。もう帰ってこないで。」
仕事はすったもんだの末、解決の糸口は見えたが、騒動に怒った上司はアイヴァンに解雇を通告。
たった2時間ですべてを失くしたアイヴァンは黙って車を走らせる。
男・エディからのメッセージ「試合は録画しているから、あとで皆で見よう。良い方法思いついたんだ。結果を知らない振りをすればいい。結果を知らないで、最初から一緒に観ようよ。」
ベッサンからの電話の向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
高速を降りたアイヴァン。意を決し車を発進させる。
つまりこういう映画(語りポイント)
世の男性にとって完全に反面教師な映画。男って本当にバカだなと。
全編「高速道路を走る男」の運転席を写しているだけのワンシチュエーション。登場人物は最後までひとり。それでどうやって引っ張るのか?と気になって観たのですが、これが面白かった。
真面目に15年間頑張ってきた夫。それが、わずか2時間の間にすべてを失くす。完全に自業自得な物語。
妊娠させた浮気相手には「もちろん、まったく愛していない」という。 奥さんには、そんな重大な話を電話で片付けようとする。しかも、いっちゃいけない言葉のオンパレード。「(相手は)可哀想な人なんだ、本当に寂しそうだったんだ。」「責任はとる。認知はするし。自分の子供として育てる。」「戻ったらゆっくり話そう。」いや、奥さん、そんなこと言ったら一段と怒るに決まってんだろ。
ほっぽらかした仕事に対しても「最後まで電話で俺が指示する。俺はクビになってもいい、明日の仕事だけは成功させたい。」そんな責任感あるなら現場にいけ。
とにかく、すべてに於いて「自分は誠実」「誠実に対処しようとしている」と思い込んでいるけど、客観性ゼロ。実際はまったく無責任で傲慢。そして優先順位をいろいろ間違ってる。
奥さんが別れを決意した理由が、過去の浮気や妊娠ではなく、ついさっきの会話の中にあることに気付いていない。
部下に仕事の指示をしつつ説教をかます。「細心の注意を払え。たったひとつのミスで、すべてがダメになるんだぞ。」「今夜は酒は絶対に飲むなよ。酒で失敗するな。」
いや、まんまあんたの状況やろ。この辺、脚本うまい。
普段、人間がどれだけ綺麗ごとで会話しているかってこと。
この男が致命的なのは、すべてが「誰かのため」ではなく「自分のため」であること。その感覚が抜けない限り、救いは訪れない。
たった2時間ですべてを失くした男を、ラストの2エピソードが救う。
大人たちに見放された後、電話口の息子だけは優しい。「帰ってきたら、録画でサッカーを観ようね。結果を知らないフリをすればいいんだよ。知らないフリして、最初から観ればいいんだよ。」やり直したい、でもきっとやり直せない、ということを子供心にもわかっている。目頭が熱くなるアイヴァン。
さらに、絶望の中、高速道路を走りきり料金所にさしかかったところで…受話器越しに、生まれた赤ちゃんの泣き声が聞こえる。彼は、本当に嬉しそうな表情を浮かべて、今来た道をさらに真っすぐに進んでいく。その姿に、なぜかスッと救われた気分になる。その後の、前途多難と思われる状況など関係なしに、
ただその瞬間の表情に救われる。
その一瞬があれば他に何もいらない。
もういつ死んでもかまわないとさえ思える「瞬間」。こんなクズ男にさえ、そんな至福の瞬間は訪れる…というのは、キリスト教的な神のご加護ということなのか、あるいは、どんな人生でも、生きてさえいれば良いこともある…というメッセージなのか。
ちなみに原題はアイヴァンの苗字である「ロック」。これは人一倍。自分の存在にこだわったアイヴァンにとって、存在証明である「苗字」は極めて重要なもの。それを題名にしたのは秀逸。