基本データ・おススメ度
『タイム・ループ 7回殺された男』
2016年 セルビア
原題:INKARNACIJA
監督:フィリプ・コヴァチェヴィチ
おススメ度★☆☆☆☆(1/5)
使い古されたタイム・ループ物。よほどのオリジナリティを加えないと厳しいのだけど、残念ながらほとんど何もない。ただ「死にたくても死ねない人間たち」というテーマは個人的に好きで、全編に漂う「閉塞感」はセルビアという国へのなにかしらの想いも含め、感じるものはある映画。
※追記 2017年10月のDVD発売にあたり、wowow放送時の題名「タイム・ループ」に「7回殺された男」とのサブタイトルが付加されたようです。
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◆目次
簡単にいうとこんな話(ネタバレなし)
街中のベンチで目を覚ます記憶喪失の男。そこから白い仮面を被った四人の男たちに追われ、殺される。そして、ベンチでまた目を覚ます。同じ時間を何度もループしながら「俺は誰だ」を探っていく映画。
ネタバレあらすじ
男が街のベンチで飛び起きる。「俺はここで何をしてるんだ?」自分の名前も覚えていない。記憶喪失。突然、狙撃され肩を撃たれる。白い仮面の四人の男たちに囲まれ射殺される。
ベンチで目を覚ます。さきほどと同じ時間軸。周りの人たちの動きも毎回同じ。「夢だったのか。」しかし状況は変わっていない。「なぜ俺はここにいる?」途中で何度か夢をみる。家族が惨殺され、残った少年に何者かが銃を突き付けている映像。覚えてはいないが、必ず見る夢だ。
三回目のループ時、柱に頭を打ち付け、病院に運ばれる。医者たちはどうやら自分のことを調べているらしい。刑事もいて「お前は誰だ」と聞いてくる。自分が発見されたときの持ち物は、携帯電話とマッチだけだと言う。また、血液の中になにかの物質が混じっていたと。
四回目のループ。ベンチの下から石をみつける。石は街の敷石だった。やがて石のあった場所をみつけ、そこに「541」と書いたメモをみつける。どこかの闇医者と会う。なにか関係があったことは思い出す。教えてくれと頼むが、逃げられる。医者をつかまえて吐かせたのは「知らない番号から電話があり、君の記憶を消せと頼まれた」という。どうやら、この闇医者に何者かが自分の記憶を消すように依頼したらしい。
六回目のループ時、地下室で白い仮面の男をひとりつかまえる。記憶が戻ってきた。自分は白い仮面の男たちの仲間だ。夢で見た少年を撃たなかったことで仲間に責められた自分は、殺し屋という立場が嫌になり、自分で自分の記憶を消し、自分で自分の殺しを依頼したのだった。仲間たちに「俺は君らの五人目だ」と告げる男。自分で頭を撃つ。
ループ七回目。ベンチからすべての道に行くパターンを確かめた。あとは「ベンチに座ったまま逃げずにいる」選択だけだ。そこに白い仮面の男たちが着て「忘れ物ですよ」と銃を渡そうとする。が、うちのひとりが男を撃ち殺す。
ベンチ…が映るが、男はいない。「俺はどこだ。もうここでは目覚めない。」とのナレーション。
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つまりこういう映画(語りポイント)
セルビアといえば、あの「セルビアンフィルム」の国なので、なにかあるのでは?を期待して観ましたが、期待したものは何もなかったです。そして、結局は不条理系の夢オチのまま終わるので、普通に見たらまったく面白くありません。
何十年も前から、何百回も使われてきたタイム・ループ系の設定。よほどのオリジナリティを加えないと厳しいです。
殺し屋が、ルーティンワークとして人を殺し続けることに嫌気がさし、自分で記憶を消し、自分で自分の殺害を依頼していた、というネタなので、つまり「犯人は自分だった」というところに意外性を託したのでしょうが、それも「メメント」で既に使われていますしね。
「死んだらタイムループする」という設定の弱点は、主人公のピンチに対してまったく緊張感がなくなる点。どうせ生き返ることがわかっているからです。最後まで見たら、それは「むしろ死ねないことが問題で、そこが言いたいところ!」だとはわかるのですがね。そこに行くまでに飽きてしまう。
ただ、言いたいことはわかるし、テーマとして訴えたい部分に「なにか」は感じました。逆のパターンとしてありがちな「ストーリーは意外性たっぷりでドキドキハラハラ面白かったのだけどテーマ的な中身はなにもない」タイプの映画よりは個人的に好感が持てるのです。
結局「なにか言いたいから。なにか伝えたいから」モノを作るわけなので。そのイキは感じました。
「死にたくても死ねない」
「どの道を行っても、結果は同じになる」
「残された道は、その場にとどまることだけ」
世の中がどうであろうと、現状に不満を持っていようと、だからといってその場から逃げて別の道を選んだところで…結局、行く末にさほどの違いは生じない。そんなアキラメの心境。
世界の中で、決して恵まれているとはいえないセルビアという国、そこで生きる人たち。なにかしらの閉塞感や人生観を強く匂わせる設定ではあり、大きな「なにか」の前で、どうすることもできない小さな人間の悲哀。
小さな国から、世界に向けて「なにかを訴えたい」時に、映画という媒体がメッセンジャーとして機能するなら。思惑が成就したかどうかはさておき。映画が面白いかどうかはさておき。映画が持つ可能性という部分で、応援したくなるものはありました。
▼同じタイムループものでは、こちらのほうがおススメ。