【映画で語ろう】カムシネマ★3分で語れるようになるポイント【ネタバレあらすじ】

映画を観たなら語りたい。酒でも飲みつつ語りたい。3分で「語りポイント」がわかる映画ネタバレあらすじ集。

3分で映画『手紙は憶えている』を語れるようになるネタバレあらすじ

基本データ・おススメ度

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『手紙は憶えている』
原題:REMEMBER
2015年 カナダ・ドイツ
監督:アトム・エゴヤン
出演:クリストファー・ブラマー、ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・ボロフノウ、ハインツ・リーフェン
 おススメ度★★☆☆☆(2/5)
 妻を亡くした90歳の認知症の老人が、アウシュビッツで家族を殺した男に復讐をしようとする物語。人間がいくつになっても人間であること。90歳になろうが、生きている限り「生きる目的」が必要なんだという事を痛切に描いた衝撃作。ネタとオチは「メ●●●」ですが、オチを知らずに観ると、けっこう驚けます。

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あらすじ(ネタバレなし)

 とある老人ホーム。妻を亡くした90歳の老人・グッドマンは認知症を患っている。寝て起きるたびに妻の名を呼び、誰かに「先週、お亡くなりに…」と聞かされるたびに肩を落とす。

 食堂で同年代のマックスに声をかけられる。「覚えているか?俺との約束を。妻のルースが亡くなったら決行することになっている。」なんのことかわからないグッドマンに、マックスは「君が覚えていられるように手紙に書いた。」と一通の手紙を渡す。

 手紙は、すぐに状況を忘れてしまうグッドマン向けに「指示書」になっていて、手紙に書かれた指示に従って動けばいいと教えられる。

 グッドマンは支度をし、クリープランド行きの列車に乗った。そうしろと手紙に書いてあったからだ。手紙には「任務が終わるごとに線で消していけ」と書いてある。

 老人ホームでは、突然行方不明になった父を心配し、息子夫妻が警察に捜索願いを出すと言う。

 列車の中では前の席に座った少年と仲良くなるが、座席で少し寝ただけですべてを忘れてしまう。そして、手紙を読んではすべてを思い出す。忘れ癖は相当に酷い。

 現地についたグッドマンはある男を探しまわる。男の名前はオットー・バリッシュ。今はルディ・コランダーという名前で生きている、アウシュビッツでユダヤ人捕虜を大量虐殺した男だ。

 マックスとグッドマンは捕虜だった。 

 グッドマンは、自分たちの家族を殺した男への復讐のために、旅に出ていた。

ネタバレあらすじ

 銃器店で扱いやすい銃を購入し、セカンドバッグに忍ばせるグッドマン。ホテルに行く。ホテルの手配等は事前にすべて済ませてある。

 時折、マックスに電話をかけ進捗を報告する。「銃は買ったか?」と聞くマックス。バスタブにつかるグッドマンだが、少しウトウトしただけで「ここはどこだ?」となり、また妻の名前を呼ぶ。手紙を読んで落胆する…の繰り返し。

 同姓同名のルディ・コランダーは四人いた。ひとりずつ当たっていく作戦。

 グッドマンはまず一人目にルディの自宅へ行く。部屋に入るなり、いきなり銃を突きつける。「誰だ?なんのつもりだ?」と悠然とかまえる88歳のルディ。しかし、ルディはアウシュビッツにはいなかった。別の場所で別の部隊に居た証拠を見せられ「人違いだった。許してくれ」と去る。

 マックスに報告。「最後までやり遂げるんだ」と激を飛ばすマックス。

 税関を通るグッドマン。パスポートの期限が切れていたが、高齢ということで甘くされ「ちゃんと更新するように」と注意されながらも通過を許可される。

 二人目のルディが入院している病院へ行き、ベッドの脇で「ドイツ人か?」「アウシュビッツに居たことがるか?」と確認する。銃を突き付けるが、男の手首に捕虜だった証である捕虜番号が掘ってあることに気づき「捕虜だったのか?私もだ。」と、泣きながら男を抱きしめる。二人目の人違いだった。

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 失意で病院のロビーに座ると、集会室で女性がピアノを弾いている。ピアノ好きなグッドマンは話しかけ、ピアノを弾かせてもらう。

 次の町。スーパーでタグつきの商品を誤って持ち出してしまい警報が鳴る。警備員にバッグの中の銃をみつかるが「私の最初の銃と同じだ。グッドラック」と言われ特に警戒はされない。

 レストランでウエイトレスが手紙の上にコーヒーをこぼし、慌てて洗面所で乾かす。そして、手紙を読み返すたびに、そこに書いてある「あの男が我々の家族を殺したんだ」というマックスの言葉に意志を強くするグッドマン。

 三人目のルディ宅に到着。留守だったが届け物の宛名で「間違いない」と確信する。待っている間に州警察の警官に職務質問されるが、ずっと住人を待っていると言うと「父の友達?ちょうど良かった。俺も一杯やりたかったんだ。」と、玄関の鍵を開けグッドマンを招き入れる警官。警官は三人目のルディの息子だった。

 三人目のルディはすでに死んでいた。その息子と酒を飲むグッドマン。息子は父の影響か、ナチス・フェチで、鍵十字の旗が掲げてある部屋に案内し、父の収集品であるナチス関連の品物や「我が闘争」の初版本を得意気に見せる。「オヤジとはどこで?」と聞いた息子に「アウシュビッツ」と答えたグッドマンに「え?父は陸軍の料理人だ。開戦時、父は10歳だった。」いう。また人違いだ。

 帰ろうとするグッドマンを引き留める息子だったが、グッドマンの腕の刻印をみつけるなり「お前、ユダヤ人か?」と怒り出す。「悪かった。帰してくれ」と言うグッドマンを罵倒する息子。勢い、グッドマンは息子を銃殺してしまう。

 その後、失禁した股間を洗おうと服のままシャワーを浴び、ガウンに着替えるとベッドで寝てしまう。目を覚まし、例によって「ここはどこだ?」となる。死体を見て昨夜のことを思い出すグッドマン。

 マックスに電話をし、関係のないナチス信者を殺してしまったと報告する。マックスが「まだ続けたいか?」と聞くと「最後までやる。」と答えるグッドマン。

 次の町で交通事故にあうグッドマン。病院に運ばれ、グッドマンの居場所は、捜索中の息子夫婦に知らされた。病院のベッドの上で電話をとり「来ないでいい。心配はいらん。」と話す。

 呑気にテレビを見て笑いながら、同じ病室に見舞いに来ていた女の子と仲良くなる。手紙をみつけた女の子に「声に出して読んで」と頼む。女の子が「妻は亡くなった」「君は認知症だ」「君は囚人だ。戦争犯罪者に復讐すると約束した」といういつもの文面を読み上げる。また任務を思い出すグッドマン。

 最後のルディがいるタホという町に着くグッドマン。息子も、父のタクシー乗車記録を追ってタホまで追ってきていた。

 ルディ・コランダーの家を訪ねる。応対したルディの妻に「友達だ」と告げ、室内に通される。そこにやってきたルディは「いつか、君が訪ねてくると思っていたよ。」と感慨深げにグッドマンに抱擁する。
 アウシュビッツの話をしたがるグッドマンを「家族には聞かせたくないから」と庭に連れ出すルディ。ルディは、アウシュビッツで人を殺していた過去に苦しみ、家族にも過去を隠し続けて生きていた。
 「この庭で、時々、自分の本名を呼び、自分に語り掛けるんだ。」と話すルディに「私が本名を言ってやろう。オットー・バリッシュ。」と銃を突きつける。

 「何を言ってるんだ?」と呆気にとられるルディ。そこに、グッドマンの息子が訪ねてきて、ルディの家族と共に庭に出てくる。その光景に驚く息子と家族。「何をしてるんだ!やめろ!」と言う息子に構わず、ルディの家族に銃を向け「本当のことを言え。言わないと撃つぞ。」と脅すグッドマン。

 ルディは泣きながら、家族の前で真相を話す。父が人を殺していたこと、それを隠していたことにショックを受ける妻と小さな娘。
 
 勝ち誇るグッドマンだったが、ルディが「オットー・バリッシュは君じゃないか!」と言う。動揺するグッドマンに「俺と君はアウシュビッツでブロック管理者だった。多くの人を殺した。逃げるには、捕虜になりすますしかないと、二人で腕に囚人番号を刻印しあったんじゃないか。」と言う。二人の囚人番号は連番だった。

 グッドマンは、ルディを撃ち殺し自分のこめかみを撃った。

 事件が報道される老人ホーム。「可哀想に、自分がしたことを覚えてないのよ。」とグッドマンに同情する老人たちだったが、マックスは「いや、彼は自分がしたことを覚えている。彼ら二人が私の大切な家族を殺したんだ。」と涙を流した。

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つまりこういう映画(語りポイント)

 ネタとしては「メメント」タイプ。記憶障害をより現実的な認知症に置き換えているだけで発想とオチは同じ。それだけに目新しさはないけど、ネタバレなしで観ると最後の5分に驚くので、それでもいいのでしょう。

 人間ってやつは、生きている限り「生きる目的」が必要なのかも知れない。

 つい一週間前まで、妻と平穏な暮らしをしていたであろう90歳の老人。認知症を患いながらも「妻と平穏に暮らすこと」を人生の目的として生きていたのだろう。妻を失くした彼は、策略にはめられたとはいえ「過去の復讐」を次なる生きる目的に選ぶ。

 その行動は、90歳になっても尽きない「人間の執念や情念」とも取れなくはないが、僕はそうではないと思います。そんなことではなく、ただ「生きる目的」として、現在を前向きに生きる術として、たまたまそこにあった「復讐」をチョイスしただけのことではないか。そんな流れがなければ忘れていたはずの過去の怨念を無理やりに思い出しただけだ。

 なぜなら、その怨念が「理由」になるからだ。

 人間は、常に、自分の行動を正当化するための「理由」を欲しがる。その理由は、後づけだったり、取ってつけたものだったりするのだけど、要するになんでもかまわないんだ。

 少し余談になりますが、僕たちの周りでも、幸せだった家庭が崩れ、妻に逃げられて孤独になった男が、その後、やたら小難しい●●活動や●●活動にハマったり、政治や国家など、直接はどうしようもない大きな物に文句ばかり言うようになる例は実際にある。それも同じような心理と行動。ただ、熱いもの、生き甲斐が欲しいだけなんだ。

 それは、老人ホームで長年かけて調べ上げ作戦を練っていたマックスも同じ。当初の想いは日々の作業を進めるうちに形を変え、目的に向かって進むことが目的になっていたはず。

 復讐を題材にした映画は多いが、決まって訪れる結末は「復讐を果たした人間が、生きる目的を失くして呆然とする姿」。復讐に向かうことが生き甲斐だったのだから、復讐を遂げた瞬間に生きる目的を喪失してしまう。名作「オールド・ボーイ」のセリフで「復讐の後には何も残らない」というのがある。まさにそれ。

 つまりこの映画は「生き甲斐を失くした人間たちが、自らのアイデンティティを確保するために、間違った生き甲斐に走ってしまった物語」ということ。

 90歳前後の老人たちが、そんな構図にまだまだ突き動かされるという年齢設定には「いくつになっても、死ぬまで、人間は人間なんだ。」と思い知らされ、ただ溜息が出る。人間の「業」を描いた衝撃作。

 じゃ、そんな悲しい結末を迎えたくなければどうしたらいいのよ?何が必要なのよ?という話になると、それはもうお決まりの答えながら「他者からの愛情を受け続けること」しかない。

 それが一番難しそうだけども…。でもそれしかない。