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【映画で語ろう】カムシネマ★3分で語れるようになるポイント【ネタバレあらすじ】

映画を観たなら語りたい。酒でも飲みつつ語りたい。3分で「語りポイント」がわかる映画ネタバレあらすじ集。

3分で映画『狼は暗闇の天使』を語れるようになるネタバレあらすじ

基本データ・おススメ度

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『狼は暗闇の天使』
2013年 イタリア・フランス
原題:Salvo
監督:ファビオ・グラッサドニア/アントニオ・ピアッツァ
出演:サーレフ・バクリ、サラ・セラヨッコ、ルイジ・ロ・カーショ、ジョディッタ・ペッリエーラ
 おススメ度★★★★☆(4/5)
 セリフを最小限に抑えて、カメラワークや照明で表現している。映画的センスはかなり秀逸。但し、物語に大きな起伏がないのとゆったりした静かな流れが多いので、面白くないと感じる人も多そう。好み次第で両極端に転ぶ作品。

 「殺し屋と盲目の娘」というフックはかなり強烈で、それだけで観たくなる人も多いでしょう。個人的には大好物なイタリアン・ハードボイルド。

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簡単にいうとこんな話(ネタバレなし)

 マフィア社会でヒットマンとして生きるサルヴォは、ある場所で盲目の娘・リタに会う。リタに特別な何かを感じたサルヴォは組織を裏切り、リタをかくまう。ひたすら殺し屋の孤独を描いた「男の美学」映画。

 

ネタバレあらすじ

 殺し屋・サルヴォは、ボスとの移動中に敵対組織に襲撃される。襲撃者を追い黒幕がレナートという男だと聞き出したサルヴォは男を殺し、その足でレナートの自宅に忍び込む。
 レナートの家で、盲目の娘・リタと出会うサルヴォ。レナートを殺し、一旦はリタも殺そうとするが、その時、奇跡的に?リタの視力が回復の兆しを見せる。それを見て思いとどまったサルヴォは、リタを殺さず連れ去り廃墟に監禁する。
 アパートに戻るサルヴォ。アパートには給仕人もいて、どうやら組織のアジトになっているようだ。しかし、サルヴォはその日から用意される食事に手をつけなくなった。ボスと会うサルヴォ。ボスもまた薄暗い地下室に住んでいた。「俺たちは終わってる。ネズミと同じだ」と自虐的に言うボス。
 外で飼われていた大型犬を自分の部屋に入れるサルヴォ。監禁しているリタを見に行くと、部屋の窓がふさがれていて光をまぶしがっているリタがいた。食事を与えようとするが暴れて手に負えないリタ。あきらめて再び部屋に閉じ込める。
 街には抗争事件以来、警察が増えていた。サルヴォたち組織はアジトを変える。サルヴォは給仕人に一緒に食事をするように指示する。給仕人の男に水を注いでやったり、二人で食事をする。
 すっかり視力が回復したらしきリタは、一旦は逃げようとするが、すぐにナイフを手に戻ってきてサルヴォを刺そうとする。「何が目的?」と聞くリタを無言で抱きしめるサルヴォ。ほぼ痴漢。
 廃墟の周りには組織の連中とボスが来ていた。ボスに、レナートの妹、つまりリタを殺さずに生かしてあることがバレたのだ。「早く始末しろ。それがお前の最後の選択だ。」といわれるサルヴォ。
 リタを始末するフリをして廃墟内に戻ったサルヴォはリタを食事をする。フォークを持たせ、必要以上に顔を近づけて食事させる。ほぼ変態おやじ。
 しびれをきらした若い連中が騒ぎだす。サルヴォはリタを裏口から逃がし、彼らと少し格闘?の後、自分も後を追う。その際に腹をやられたらしく、サルヴォの腹からは大量の血が流れていた。
 二人で逃げる。サルヴォはリタに船で逃げるよう言うが「一緒にいく」と言うリタ。二人で別荘に行く。サルヴォを椅子に座らせ、水を飲ませたリタは、隣に椅子を持ってきて自分も座る。手をつなぐ。
 時間経過、ピクリとも動かないサルヴォ。リタはやがて手を離し、部屋を出ていく。

つまりこういう映画(語りポイント)

 まず核心部分から僕なりの解釈を書きます。

 この映画「孤独な殺し屋と盲目の少女が心を通わせるラブ・ストーリー」と言われていますが、僕は、それはちょっと違う気がしています。

 他の人のレビューで「リタが心を許すのが唐突すぎる」という意見をお見受けしましたが、それもそのはず、二人の心情は、恋愛でもなく信頼でもない、別の精神世界に行っていたのではないでしょうか。
 あれはいわゆる「ストックホルム症候群」で、つまり「逃げられない支配者に対して、自分の保身のために半ば無意識に従属している姿」に過ぎないと思うのです。
 人間が支配者に対してとる行動は。逃げるか、同化するか、のどちらかしかない。どちらも、自分の精神や立場を安全にするという意味においては同じ意味を持つ。そこで逃げられない場合、従属するしかない。僕らの日常でも、怖い学校の先生、怖い先輩、会社で怖い上司、怖い映画監督や演出家…に対する生徒、社員、俳優たち…は、上記のどちらかを無意識に選択することになる。具体的にいうと好意を持つことで同化しようとするのが普通。それが人間の基本的な処世術。ストックホルム症候群って日常的に本当に良くみかける構図。
 
 リタも同じなのですね、幸い、リタ本人がそんな精神的構図にきづいていないから本人が一時的とはいえ「これは恋愛」あるいは「サルヴォは自分を助けてくれた恩人」と思い込んでしまっているところが、映画としてもサルヴォとしても救いになっている。決して打算的に見えないのはそのため。

 だから、彼の死によって「逃げられる」ようになったラストは、魔法が解けたように淡々とその場を去ったのでしょう。

 そう解釈すると、この映画は「ただひたすらに孤独な男が、最後まで孤独で、でも、ちょっとした運命で、最後に良い想いをして死んでいける物語」ということになる。

 だからといって彼は不幸なわけではなく、それこそが彼の望みだったのかも知れません。彼にしても決して恋愛ではないのです、なにかしらの「感謝」なのです。そして、彼女にみとられながら、そのまま静かに死んでいきたい。ただそれだけが彼の望みだったと。 

 死に場所、死に方を探していた孤独な男が、死に場所をみつける…という点では、この映画がオマージュを捧げる、アランドロン主演の「サムライ」と同じですね。

 そんな男の美学を描いた秀作。個人的に大好物の映画です。 

まず「全編、セリフが少ない」その静かな映像がとにかくカッコいい!

 静かといっても、俳優がペラペラしゃべらないという意味で、動きや音は激しく、目まぐるしい状況を的確に伝えてくれる。

 盲目の娘・リタの「目が見えない」演技も圧巻。初登場カットの表情には「そこまでやるか」と驚きました。部屋で起こっていることを直接映さずに音だけ聞かせる。その間は室内を彷徨うリタを映す。主観ではないのに、リタ主観の「音だけの世界」が伝わってくる。うまい。
 
 ラスト・シーンも素晴らしい。
 主人公の死と、その後に部屋を去る彼女を、二人の表情を一切写さずに同じカメラ位置の時間経過によって説明している。手法としては珍しい部類かも知れない。「なるほど」という印象。言葉で説明しにくいので、興味ある人はぜひ確認してください。

 そこからエンドクレジットは「波の音と鳥のさえずり」が延々と続く。普段なら退屈してしまう構成だろうけど、僕は、まったく退屈せず、むしろずっとその静かな映像に浸っていたいと感じた。

 映画的手法を勉強したい人なら、ぜひ参考にすべきカットがたくさんある。

 悪い部分を書くと、ストーリーとしては予想通りの展開でしかなく、展開もゆっくりとしたものだけに、映画的手法にも特に興味はなく、増してやハードボイルドなんて好みじゃないって人にとっては「なんだこれ」となる可能性は高い。

 観る人を選ぶ映画ではありますが、セリフを極力排除しているわりには、犬を部屋に入れるシーンや、給仕人と一緒に食事をするシーンなど、決して説明を排除しているのではなく、むしろめっちゃ説明しているから「サルヴォ=めっちゃ寂しがり屋」なことが良くわかる。
テーマ=「孤独の悲哀」は伝わりやすく、決して「わけわからない」系の映画ではない。

 「孤独な男が最後に求めたものは…」という問いから、逆説的に「生きるためには何が必要か」を浮かび上がらせていますね。

 これは個人的考えになりますが、僕ら人間は、ある程度の年齢以降は「死に向かって生きている」のであり、むしろ「死に方を探している」のだと思うのです。
 僕自身も随分前からそうです。それは、ポジティブとかネガティブとか、明るいとか暗いとか、状況が良い悪いとか、そんな話ではまったくなくて。
 生き方のスタンスや死生観がそういうことなんです。

 だからこんな映画が大好きなのです。ごめんなさい。