【映画で語ろう】カムシネマ★3分で語れるようになるポイント【ネタバレあらすじ】

映画を観たなら語りたい。酒でも飲みつつ語りたい。3分で「語りポイント」がわかる映画ネタバレあらすじ集。

3分で映画『ローマ、愛の部屋』を語れるようになるネタバレあらすじ

基本データ・おススメ度

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『ローマ、愛の部屋』
原題;Habitación en Roma
英題:ROOM IN ROME
2010年 スペイン
監督:フリオ・メデム
出演:エレナ・アナヤ、ナターシャ・ヤロヴェンコ、エンリコ・ロー・ヴェルソ
 おススメ度★★★☆☆(3/5)
 全編、ホテルの一室。「ず~っと全裸」の女性ふたりの会話劇。レズビアンシーンも満載ながら、さほどエロい気持ちにさせない絶秒な作り。裸であることもしっかりと比喩になっており、決してただの官能映画ではない。映画的センスの高い傑作。

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あらすじ(ネタバレなし)

 夜の道、ホロ酔い気味のの女ふたり。どこかで知り合ったばかりのようだ。

 「いつまでローマにいるの?」「そこあたしの泊まってるホテル。飲みなおさない?」「帰るわ。」「少しだけつきあってよ。」

 同性愛者のアルバ(エレナ・アナヤ)が積極的にナターシャ(ナターシャ・ヤロヴェンコ)を誘っている。腕を引っ張って自室に招き入れる。ナターシャも笑いながらついていく。「今夜がローマで最後の夜」「私も」

 ベランダにはヨーロッパの旗とローマ市の旗が飾ってあり、間がひとつ空いている。「あたしたちの旗を揚げるためよ」というアルバ。ナターシャは同性愛者ではなかったが「あたしの裸を見たい?」と言う。部屋で二人とも全裸になり、ベッドでひとしきり抱き合う。
 
 今夜知り合ったばかりの女性二人。最初は微妙な嘘を絡めながら、やがてすべてをさらけだした二人の、翌朝までの一夜の出来事。

ネタバレあらすじ

 寝落ちたアルバを見て、ナターシャは服を着て部屋を去る。「さよならは言わないわ」と語りかけるが、思い直して「やっぱり言うわ。さようなら。何もなくて良かった。秘密は置いていく。ありがとう。」

 携帯電話の着信音で起こされるアルバ。携帯はナターシャが忘れていったものだった。ほどなく、携帯を取りに戻ってくるナターシャ。「ベッドの下にあるわ。取りに入って」というアルバだがナターシャは「入らない。」と拒否る。が、ホテルマンのマックスが通りかかったドサクサに紛れて、ナターシャの腕をつかみ部屋に入れる。

 ナターシャを全裸にしたアルバは愛撫を始める。感じていたナターシャだが、まだ罪悪感が消えない。「この部屋の秘密は言わないで。」と言い『ナターシャ』は偽名だったと言う。本当の名前は言わないと告げると、アルバも「あなたも嘘を言ったのね。アルバは死んだ娘の名前」と言う。
 
 アルバの身の上話。16歳のとき、母と旅に出た。母をお金を持っていなかったが、アラブ人のお金持ちと知り合った。でも母は去っていった。彼が欲しかったのはアルバだった。アルバはアラブ人の元に残り贅沢な暮らしをした。しかし、妊娠したことで、将来が怖くなり、お腹の子と一緒に逃げた。彼にみつかりアルバには逮捕状が出た。つかまったら一生逃げられないと思った18歳のアルバは自ら中絶をした。そしてスペインに戻った。

 「その経験からレズビアンに?」と聞くナターシャに「その経験を通して女になった。」と答えるアルバ。

 「今の話、本当かしら?」と疑うナターシャ。「私が嘘をつくと思う?」とアルバだが、ナターシャは壁にあるギリシアの宮殿の絵をさして「この絵を見てさっきの話を思いついたの?」と聞く。「いい質問ね。」とアルバ。

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 「住所を教えて」というアルバは、ナターシャの答え通りにパソコンの世界地図をクローズアップしていく、ヨーロッパの小さな島。本当か嘘かはわからない。さらにナターシャは「女優をやってる。オーディションでローマに来た」と言い「あなたの話の、アラブの豪邸はどこ?」と聞き、またグーグルマップをクローズアップ。豪邸のベランダに子供用の椅子が増えていることまで見える。アルバは、当時よく遊んだ浜辺などを見せながら、やがて泣き出す。

 ベッドに戻り、愛し合う二人。

 「どこから来たの?あなたは突然現れた。」
 「私がこんなことをするなんて…。」

 ナターシャの股間に顔をうずめるアルバに、ナターシャは「バイブレーター持ってる?入れないと気持ち良くならない。私は男が好きなの。ワインボトルでもいいわ。」と言うが「男性的な行為は好みじゃない。女を知って男に戻れなくなった人は多い。」と諭すアルバ。レズビアンの良さに自信を持っているアルバと「私はそうなりたくない」と言うナターシャの間に、少し不穏な空気が流れる。
 
 アルバは「ワインボトルのことでケンカしたくない」と言うと、フフロントに電話をして「バイブレーターある?」と聞く。フロントのマックスは「ないけど、なにか変わりの物をお持ちしましょうか?フルーツとか。」と言う。

 二人がまた愛し合っていると、ドアがノックされる。マックスがキュウリを手に下心満載でやってきた。一度は無理やり気味に部屋の中に入り「3人でどう?」と提案するが追い出される。

 その際、アルバのガウンについていた名札「A スアレス」を確認するナターシャ。

 「私に瓜二つの双子がいる。イタリア・ルネッサンスの研究に来た妹・ダシャっていう名前。」と言い出すナターシャ。「そういえばあなたもイタリア語を話せるね」と納得するアルバ。ナターシャはPCで自分の女優としてのWEBページを見せる。そこに書いてある名前は「サーシャ」。「それが本名なの。」
 さらにテニス選手である妹のホームページも。

 ナターシャの身の上話。13歳の時、母が死んだ。それから父は私を女として扱うようになった。最初は触れるだけだった。妹には黙っていたが、ある日、見られてしまった。妹は劣等感を抱くようになった。

 哀しい話にも「私は泣かない。ずっと泣いてない。」というナターシャに「泣いてみえて。演技でもいいから。慰めたい。」というアルバ。それでも泣かないナターシャに「じゃ、踊りで。」と、テレビの音楽番組を流し、大騒ぎをする二人。隣の部屋から苦情が入って止める。

 ベッドに行き、今度はナターシャがアルバのカラダを愛撫する。また愛し合う二人。

 「まだ話してなかったことがある。次の日曜に結婚する。」というナターシャの言葉に驚くアルバ。さらに、妹の話は自分のことで相手は論文の講師。自分だと言っていた女優サーシャは姉で、ナターシャが妹のほうだった。つまり、父親に触られなかったのもナターシャのほう。

 ナターシャの本当の身の上話。ある日ベッドに姉がいなかったので父の部屋へいくと、二人が愛し合っていた。生まれ初めて性の快感を覚えた。それから、姉がベッドにいない夜は、自分で自分のカラダを慰めた。サーシャとの間には深い溝ができたが、今は自分の生き方が好き。

 アルバは、携帯端末で、以前の「彼女」と楽しく過ごす映像を見せる。相手には普通に小さな子供がいて、一緒に河原で遊んでいる映像。やがて泣き出す。その後、5歳の子供が事故で亡くなった話も。ナターシャも元カレの話をする。

 あらためて、ローマに来た理由を教えあう二人。ナターシャは妹からの結婚祝いで一緒に旅行にきたが、今夜ケンカをして部屋を飛び出してきた。そしてアルバに出会ったらしい。アルバは「会社の展示会で来た」と言い、自分が発明したというエコ自転車のホームぺージを見せる。

 「愛してる」というアルバに「その愛は本物じゃない。ここだけのもの」と否定するナターシャ。
 
 ナターシャは壁の絵画の中にいるアスパシア(古代ギリシアの女性)の話をし、アルバも「この部屋に入ってすぐに気づいた」と言う。

 アルバは、去年、5歳の子供が死んでから毎晩、お酒を飲んでいると告白する。それを聞いて落ち込んだように「シャワーを浴びて帰る」と言い出すナターシャ。

 洗面所で鏡に向かい「バディム。今夜のことは話せない。私にも秘密ができた。あなた以上の秘密よ。自分がしたことは決して忘れないこと。心に秘めておくのよ。」と独り言。バディムとは夫の名。

 アルバは絵画を見ながら「絵の意味を誤解してた。幸運の兆しはあなた(ナターシャ)だったのね。」と独り言。

 シャワーを浴びながら歌を歌っているナターシャの元にアルバがやってきて、一緒に歌いながらシャワーを浴びる。そして、抱き合い、お互いの秘部を触り、オーガズムに達する。

 しばらくシャワー室で方放心状態だった二人は、やがて、お互いに白いガウンを着せあい、アルバはナターシャの足の裏にキスをする。

 ナターシャのカミングアウト。姉が、自分の結婚相手であるバディムと付き合っていた。彼は姉の指導員でもあった。姉のほうから別れ、そのことは自分には内緒にされていた。今夜、姉が口を滑らせた。

 白いガウンで鏡の前に並んで立つ二人。アルバは結婚式の真似事をはじめる。ナターシャは、部屋にある二つの絵画について話す。ふたつの絵には二千年もの隔たりがあるが、絵の意味はつながっていて、それが今、同じ部屋にあるという事実。

 夜明け。窓から陽が差してきた。
 
 ベランダの椅子に座り、複雑な表情で朝日をみつめる。部屋に戻り、ナターシャが服を着ようとすると、急いで「朝食を食べよう」と提案するアルバ。まるで、服を着て現実に戻ってしまうことを嫌がるように。
 ナターシャに姉から「自分の結婚式よ、何考えてるの。急いで。」と電話がかかってくるが、姉に自分のことを内緒にされたアルバは少しショックを受ける。

 アルバが、二人で過ごしたベッドのシーツを、ベランダの国旗の横に掲げる。「こうしておけば、あとから衛星写真で見れる。」

 ベランダで食事をしながら、アルバが必死にナターシャを口説く。「テーブルの上でお互いの手が触れ合ったら、一緒に暮らしていく」と言い、目をつぶって手を延ばしあう二人。お互いが右手を延ばしているために、すれ違いになる。笑いあう二人。

 「私の希望はあなたといること」というナターシャ。二人は共に過ごしていくことにした…みたいなのだが…。

 洗面所でナターシャはいきなり冷たくなる。近づこうとするアルバを恐れる素振りを見せ、アルバはショックを受ける。ナターシャは「自分をおとしめないで。戦うのよ!」と鼓舞するが、アルバは倒れてしまう。

 倒れたアルバを抱き起し、キスをし、バスタブに連れて行く。

 アルバの胸に刺さった「キューピッドの矢」と、それを抜こうとして血が浴槽に溢れ出るイメージシーン。

 ナターシャは「あたしも同じ気持ち。だから、二人の記憶をここに残すの」と、一緒にバスタブに入る。また楽しそうにジャレあう二人。

 仲良く服を着せあい、ホテルを出る。「じゃこれでお別れ」と最後の別れをする…が、ナターシャが笑いながら引き返してくる。

 二人のいたホテルから、衛星地図が引いていき地球の絵となる。

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つまりこういう映画(語りポイント)

 まず、僕自身に性的マイノリティのケが皆無なので、レズビアンの方の心理などはまったくわかりません。おそらく映画の中には、そこらへんの描写やメッセージもあるのだろうけど、そこには言及できない。そこは、性的な部分に限らず「マイノリティであることの生き辛さ」の比喩と解釈します。そのうえで観ると…。

 この映画は、ごく普通の(男と女の場合の)「愛」「出会い」「立場の違い」「生き方の違い」そこから生まれる「苦しさや葛藤」を描いている映画。

 朝になってからのアルバの心理や二人のやりとりは、まんま「ふられかけている方が必死に相手を説得して、カッコ悪かろうが、みっともなかろうが、とにかく『行かないで欲しい』の一念でダダをこねてる」感じが良く出ています。完全に「ふられかけの男」になってますね。「一緒にいたい」という想いに迷いはない。

 ナターシャは終始「(同性愛に対する)罪悪感」と「(結婚する彼氏に対する)背徳感」が抜けないまま最後までいる。迷いや葛藤で苦しんでいるのはナターシャのほう。

・全裸であることの意味

 後半、ナターシャの服が何度かカットインします。アルバが焦ったように時間稼ぎをし、ナターシャに服を着せないようにする。

 「服=現実、しがらみ、理性的、思考的なもの。」であり「裸=夢、本音、感覚的なもの、精神的なもの。」の比喩でしょう。だから、ナターシャが服を着てしまうと二人の一夜の関係は(その後どうなるかはさておき)ひとまず終わってしまう、と言うことをアルバは感じている。だから邪魔する。

 二人がずっと全裸であることは、エッチな映画にして男性に訴求しようとか、そんな意図では決してなくて、脚本上ちゃんと意味があるというお話。

・夜明け

 これも「服」と似たような意味を感じました。朝陽がさしこみ、二人はベランダで複雑な表情を浮かべますが、あれは「また、現実がはじまる」という想いと不安。
 そこはもう、僕らが日常で、一晩ハメを外して遊んでしまった時の徹夜明けの朝とさほど変わらない気がします。妙な罪悪感と疲れ。
 加えて「『現実』の中では、自分たちは他人として過ごすことになる」状況がわかっているから、だからの切ない表情でしょう。

・衛星地図

 劇中、お互いの住んでいる場所を教えあうために、インターネットの衛星地図を使うシーンがある。あれは「俯瞰すると、広い地球上のこんな小さなところに私たちは生きて、悩んだり、喜んだり、苦しんだりしている」ことを感じさせる演出ではあるけど、映画の狙いとしては「ふたりの(普段の)距離感」を表わしたかったのでしょう。

 「遠い別世界の人間同士」が、ちょっとした出会いのきっかけから「一夜の秘密」にハマり込んでいく。そして、もしかしたら、それがお互いにとって一生の関係に発展する。そんな「出会い」の不思議さを表現している。

・二千年の隔たりがある二つの絵画

 部屋に飾ってあった絵画ふたつ。製作年としては二千年もの隔たりがあるのだけど、絵が表す意味合いはつながっている。それが同じ室内にあって、その間に自分たちがいる。そこに感銘を受けるシーンがありますが、あれは「普遍的ななにかへのリスペクト」と受け取りました。
 普遍的なものの代表格として「愛」がある。何年経とうが、何千年経とうが。愛が持つ意味合いや、愛を求め生きる人間の気持ちは何ひとつ変わらない。だから、愛で人は変わるし、時には命を落とす。

 二人の間に確実に生まれた「愛」の尊厳と大きさに感動しているシーンと解釈しときます。

・胸に刺さったキューピッドの矢

 アルバの胸に刺さった矢を、ナターシャは頑張って抜こうとするけど、抜けず、どんどん血が流れていく。これはもう比喩でもなんでもなく、そのまんまストレートな意味。「愛は、時には命を落とすほどのもの」であるということ、部屋を去ろうとしていたナターシャは、またガウンを脱いで全裸になり、弱ったアルバに身をよせる。

 わかりやすく美しいイメージシーンです。

 決して単なる官能映画ではないと主張するような「映画らしい」音楽が心地良い。

 ラストシーン。別れたはずの二人。ナターシャが我慢できず、笑いながらアルバの行った方向に引き返してくる。引き返してくるところが良い。引き返しちゃダメなのに。
 
 「愛というダメダメなもの」で終わるラストが、ダメダメな僕には好みでした。

▼同じく「ずっと全裸」な映画。こちらは女子大生とオヤジ。

cinema.kamuin.com