基本データ・おススメ度
『オリエント急行殺人事件(1974)』
原題:Murder on the Orient Express
1973年 イギリス
原作:アガサ・クリスティ―
監督:シドニー・ルメット
出演:アルバート・フィニー、リチャード・ウィドマーク、アンソニー・パーキンス、ローレン・バコール、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、ウェンディ・ヒラー、レイチェル・ロバーツ、イングリッド・バーグマン、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、コリン・ブレイクリー、デニス・クイリー、ジャン=ピエール・カッセル、マーティン・バルサム
おススメ度★★★☆☆(3/5)
「事実はひとつだが、真実はひとつではない。」事実とは「なにが起こったか」といことですが、それより大事なのは「真実」=「どうしてそうなったか」に想いを巡らせること。「そんなんアリか!」と言う一世一代のオチが、そんな人生の真理を教えてくれる。未見の方はぜひ2017年版とあわぜてどうぞ。
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あらすじ(ネタバレなし)
冒頭、1930年に起こった幼女誘拐事件の回想。父親のアームストロング大佐は身代金を払ったが、幼児・デイジーは遺体で発見された。
5年後。イスタンブールの船着き場。今夜、オリエント急行でロンドンに戻る探偵エルキュール・ポアロ(アルバート・フィニー)は、レストランで旧知のビアンキ(マーティン・バルサム)と再会する。ビアンキは鉄道会社の重役。
駅には、さまざまな人たちがオリエント急行に乗るべく集まってくる。
寝台車は満席だったが、ポアロは有名人で重役のビアンキと知り合いであったため、便宜をはかってもらい無事に乗車できた。
列車が走り出す。資産家ラチェット(リチャード・ウィドマーク)は、秘書のマクイーン(アンソニー・パーキンス)を顎でこき使い、マクイーンはあきらかに不満気。
ラチェットは通りかかったポアロに「マッチを貸してくれ」と声をかける。そして「ボディガードを頼みたい。」と依頼するが、護身のために銃を所持しているラチェットを見たポアロは、嫌な予感がしたのか「私は面白い仕事しかしない。それは面白くなさそうだから、やらない。」と断る。
ラチェットの執事ベドウズ(ジョン・キールグッド)は、ラチェットに就寝前に飲む薬を渡す。その横暴な態度に、こちらも不満気。夜、ハバード夫人(ローレン・バコール)が「部屋に男がいた。絶対にあの男よ」と騒いでいる。
乗客は伯爵夫人など高貴な人たちが多い。そのわがままぶりに疲れたのか、部屋に戻ったポアロは「神経が参る」とつぶやく。
翌朝、ベドウズが部屋を訪ねると、ラチェットが殺されていた。医者のコンスタンチンは「瞳孔が開いている、薬でしょう。」と言う。
遺体のポケットには懐中時計があり、犯行時刻と思われる時間で止まっていた。深夜1時15分。
レストランに集められた乗客たち。すぐに警察を呼ぼうとの声もあったが、事を荒立てたくないビアンキは、ポアロに捜査の全権を託し「警察には顛末だけを報告しよう」と言う。
オリエント急行の乗客は12人。ポアロと鉄道会社重役のビアンキ、医者のコンスタンチンを加えた合計15人。
この中に犯人がいる。
==以下ネタバレ==
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ネタバレあらすじ
宣教師のグレダ(イングリッド・バーグマン)は「神の罰が下る。教えには『殺すなかれ』とあるのに。」と騒ぐ。
ハバード夫人は「犯人は私の部屋にいた男よ」と主張する。「なぜ男とわかる?」と聞くビアンキに「二人の男と楽しんできた女のカンよ。」とわけのわからないことを言う。ビアンキが「目を閉じて、でしょ。」と返したのは冗談なのか。
秘書のマクイーンが呼ばれる。一年ほど前、石油で失敗したマクイーンは、陶器で大成功したラチェットの秘書になった。過去の話はしなかったというラチェットがどこの出身かは知らない。2週間前からラチェットに脅迫状が届き始めた。マクイーンが見せた脅迫状は紙にマジックペンで「殺すぞ」などと殴り書きしたもの。マクイーンはあきらかに挙動が不審である。犯人ぽい。
死体には刺された傷が12あった。深いものもあれば浅いものもある。「犯人は複数か。複数に見せかけるために力を変えたのか。」と推理する。
ポアロはレストランで見た銃など、ラチェットの所持品を探る。ハンカチには「H」の文字が刺繍されていた。灰皿には燃やされた紙があった。灰になりかけた紙を復元すると、そこには「A L S Y A R M S」と書いてあった。それを見たポアロは「ラチェットさんの正体がわかった。」と言う。
ラチェットはアームストロング家の幼女デイジー殺しの犯人だった。本名はカセッティ。
アームストロング家のその後は悲惨だった。事件のショックで、夫人は未熟児を死産し自分も命を落とし、アームストロング氏と、事件の濡れぎぬを着せられたメイドは二人とも自殺。
ひとりずつ、乗客の聴取を始めるポアロ。
※ここから、ポアロが話を聞き、傍らにいるビアンキと医者が予想を語る展開。
ピエール車掌(ジャン=ピエール・カッセル)は、不幸続きで家族を失くした孤独な男だった。ピエールが最後に見たのは、アーバスノット大佐が秘書マクイーンと挨拶をし部屋に戻っていく姿と、誰かはわからないが女性が廊下を歩いていく姿だったと言う。
「ピエールは合鍵を持っている。あいつが犯人だ」というビアンキ。医師は「動機がない。」と一蹴する。
秘書マクイーンは、ラチェットが殺人犯カセッティだということは初めて知ったらしく驚く。マクイーンの父はあの事件を担当した検事で、アームストロング婦人も何度も相談に来て良く知っている。婦人はまるで母のように、俳優志望の自分を励ましてくれた。知っていたら秘書にはならなかったという。
マクイーンの母は8歳の時に亡くなっていたが、寝言で「お母さん」と言っていたのを近くのベッドで寝ていたポアロが聞いていた。その話になると「マザコンだから結婚できなかったというのか!」と図星なことを自分で言ってキレる。灰皿の紙が燃やされていたことを知っていたマクイーン。
「自供したも同然だ。」というビアンキだが、医者は「母親想いの男に人殺しはできない」と反論。ポアロは「幻の母か。それは大事なポイントだ」と推理する。
執事のベドウズ。ラチェット氏に「マクイーンを呼べ」と指示された後、部屋を出たのが最後。ベドウズの寝台の上段はフォスカレリ(デニス・クイリー)。フォスカレリはすぐに寝たが、自分は歯が痛くて4時まで眠れなかった。
「あいつが犯人だ。いつでも近づける」というビアンキだが、医師は苦笑するだけ。
ハバード婦人。相変わらず態度が大きい。部屋に入ってきたという男について「雑誌の上にこれが落ちていた」と車掌バッジを出す。ポアロは「H」のイニシャルが入ったハンカチを見せるが「私のではない」と否定する。ただ、車掌ピエールのボタンはひとつも取れていなかった。
スエーデンの宣教師グレダは、神経質で、たたどたどしい英語で質問に答えるが「空にイエスが現れて…」「神のお告げで…」と、相変わらずマトモな話にならない。旅の目的は「布教活動の資金集め」。
ビアンキは「彼女が犯人だ」というが、根拠は何もない。
ルドルフ・アンドレニイ伯爵(マイケル・ヨーク)と妻のエレナ(ジャクリーン・ビセット)。パスポートに夫の氏名は明記してあるが、エレナはサインと手書きの住所だけで字も不鮮明であるのが気になるポアロ。同じサインを別の紙に書かされるエレナ。サインは同一だった。「H」のハンカチは貴女のものでは?と聞くポアロだが、エレナは否定。エレナは睡眠薬を持っていたが「大量に使えば毒になる」という医師に、夫のアンドレニが怒る。
高齢のドラゴミノフ公爵夫人(ウェンディ・ヒラー)。彼女はアームストロング婦人の後見人をやっていた。何の縁で?と聞くポアロに、女優だった夫人の母と親友だったからと答える。アームストロング家の秘書の名前や、自殺したメイドのことを聞くが良く知らないという。ポアロは、傍らに立つシュミット(レイチェル・ロバーツ)に聞く。「同じくメイドをしていた貴女なら覚えているでしょう?」と。
メイドは洗礼名で呼ばれていたと言う。侯爵夫人は、ポアロの質問をさえぎるように、シュミットに「頭痛薬をください。そして食堂車でロシアンティーを注文して、下がりなさい」と指示する。
ポアロは廊下でシュミットを呼び止め、部屋で話を聞く。「メイドの件で動揺したよね?」と聞くポアロ。シュミットは「仲が良かったから。写真を見せるわ」とスーツケースを開けるが、そこにはボタンの取れた車掌服が入っていた。合鍵もポケットにあった。シュミットは料理が得意な一流のコックだったという話を聞く。
合鍵を使いあらためてラチェットの部屋を調べるポアロ。と、棚から、白地に派手な模様の女性用の服が落ちてくる。それを見て嬉しそうに高笑いするポアロ。
アーバスノット大佐(ショーン・コネリー)。休暇でイギリスへ行く途中。なぜ船でなく汽車なのかと聞かれ「私の自由だ」と答える。
同行の女性、デバンハム(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)を疑う発言をしたポアロに怒り、「彼女な女ではない。レディーだ」「ラチェットとは無関係だ」と言う。「じゃ貴方は?ラチェット氏を知っていたか?」と聞かれ「名前だけは。」と言う。しかし、アーバスノットはアームストロング氏と親交があった。事件のとき、マクイーンの部屋で酒を飲んでいたという。パイプを吸いすぎたというアーバスノットに、ラチェットの部屋にあったパイプクリーナーをみせるポアロ。
「ラチェットは5人の人間を殺した。」とあらためて言うポアロに「それなら当然の報いだ。12人の陪審員の手によって裁きが下される日も近かっただろう。」と言う。
ミス・デバンハム。ポアロはフェリー乗り場で二人の会話を聞いていた。それは、再会のキスをしようとしたアーバスノット大佐に「まだよ。すべてが終わってから」と言ったセリフだった。「何が終わったら、なんですか?」と聞くポアロに「それはお答えできない」と毅然と言うデバンハム。「それに答えてくれるまでは部屋に帰さない」と激しく詰め寄るポアロの声に、アーバスノットが飛んでくる。彼は極秘に妻との離婚を進めていて「すべてが終わったら結婚しよう」と言う意味だと説明する。説得力のある答えだった。
「あいつらが犯人だ。だって気丈だから。」と言う医師とビアンキ。いつのまにか医師までが一緒になって「あいつが犯人」と言い出している、疲れてきたせいか。
フォスカレリ(デニス・クイリー)は車の販売業をしている。彼が「犯人はマフィアだ」と主張しているところに、ハバード婦人が血のついたナイフを持って現れる。自分のバッグの中にあったと。ポアロはラチェットの部屋にあった服を見せ「犯人は列車を出て行ったらしい」と言う。
「犯人はわかったか」と聞くビアンキに「最後の尋問が鍵だ。成功すれば、事件は解決する。」というポアロ。
芸能プロダクションの社長…ということになっていたハードマンは「あれは偽装のパスポートだ」と自分が私立探偵であることを明かす。ラチェットの警護を依頼されたいたが、失敗したという。陽気だったハードマンだが、ポアロから、自殺したメイドの写真を見せられると一気に顔色が変わった。「ポーレットだ。彼女を知っている。」
一同に集められた12人。
ポアロは「犯人は外部のマフィアだ。以上。」と言う。
あまりにあっけない結論に、医師が「それだけ?」と聞くと、ポアロは「こっちは単純なほうの第一の答えだ。もうひとつ、複雑な答えがある。第一の答えを忘れずに、これから話すもうひとつの答えを聞いてほしい。」と『事実』を語りだす。
母のように慕っていた婦人の復讐のために近づいた秘書。「メイドの名前は知らない」と嘘をついて質問から逃げた伯爵夫人。婦人の妹だったエレナの洗礼名はヘレナ、イニシャルはHだ。パスポートの頭文字「H」を消したのは意図的だった。シュミットはメイドではなくアームストロング家のコックだった。秘書だったデバンハム。宣教師は殺された幼児デイジーの世話をしていた。車販売の男は運転手。彼女らの配偶者たちを含め、多くの人間がアームストロング家に関わった人間たちだった。私立探偵は自殺したメイドと恋人関係にあった。不幸な死を遂げたという車掌の妹が、そのメイド本人だった。つまり、12人全員に「復讐」の動機があった。
「陪審員の数は12人」「遺体の刺し傷は12」「ここにいる容疑者は12人。」12という数字が真実を導き出すヒントだったというポアロ。
車掌服や血のついたナイフは、彼らが架空のマフィアをねつ造するために用意した小道具だったことも見極め、毒殺したラチェットのカラダに、12人が順番にナイフを刺していった事件の夜の光景を「あくまで推理」と前置きしながら語るポアロ。
12人全員が犯人だった。
「どちらの答えを真実とするか。判断はビアンキに任せる」とされたビアンキは「警察は単純な答えを好む。犯人は外部のマフィアだ。そう警察に報告する。」と宣言。
抱き合って喜ぶ12人。乾杯をする。
大雪で停車していたオリエント急行は、12人の想いを乗せ、ロンドンに向かって再び走り出した。
つまりこういう映画(語りポイント)
言わずと知れた不朽の名作。「そして誰もいなくなった」と並ぶアガサ・クリスティーの代表作が2017年にリメイク。ここはぜひ旧作を見直すべきところ。
当時小学生だった僕は、このオチに驚きました。「そんなんアリか!」なんですね。「そして誰もいなくなった」の「途中で死んだと思っていた人間が実は生きていて、犯人だった。」というパターンは、その後の密室殺人劇で何度も使われているネタですが、この作品のネタは、あまりに大胆すぎてさすがに真似できない。真似したところで「なんだ、オリエント急行じゃん」と言われてしまうから使えないのです。
「12人全員が犯人」
まさに一世一代のネタと言えます。
アガサ・クリスティには「アクロイド殺し」という賛否両論の名作もある。小説の語り手が犯人だったことでフェア・アンフェア論争となったが、反則技スレスレのことをやってしまうクリスティの発想力と実行力が飛び抜けて凄かったのは間違いない。
フェアかアンフェアかはさておき、ポアロが「事実とは違う真実」を、事件の真相として選ぶところが、この映画の最も重要なテーマであり、感じるべき部分。
「事実はひとつだが、真実はひとつではない。」
事実とは「なにが起こったか」といことですが、それより大事なのは、「どうしてそうなったか」「なにを想ってそうなったか」に想いを巡らせることであり、それこそが「真実」なのですね。裁判の考え方にも通じる命題。ただの「事実」に拘り、振り回される人が多すぎる。「真実」を汲み取ることがなにより大事なのに。
40年以上経っても、おそらく何十年経とうが、きっと変わらない普遍的なテーマ。それを大胆な推理劇でやったところがなにより凄い。
笑いどころとしては、ポアロのサポート役である重役と医師が、尋問を終えた乗客をさして、ほぼ毎回「あいつが犯人だ!」と言うところ。まったく根拠はないんですが、結果的に「それ正解」だったのだから。
12人の陪審員という要素が、シドニー・ルメット監督の名作「12人の怒れる男」と共通するという点、偶然だろうけど面白い。
豪華スターの競演というのが売りになっていますが、当時のスターに思い入れがない世代にとっては関係のない要素になる。そして、狭い列車の中の尋問劇だけに、さほど驚くような演技合戦にもなりにくい。悪いところをいえば、淡々と尋問が進み、最後に真実が明かされる、やや淡泊な展開だという点。
突っ込みどころも満載。ポアロの推理には「何を根拠にそんなことまでわかったの?」という部分も多々あって、確かに「全員が犯人だった」という驚愕のオチ一本勝負!に頼っている感はある。ただ、それでも名作と言われるほど衝撃的なオチだったということ。リメイクではそこが通用しないだけに、さてどう作っているかと、鑑賞前にはワクワクしました。
さて2017年版。これほど有名なネタをリメイクするのは難しい。新しい要素を加えすぎてしまうと違う作品になってしまうし、かといって、そのままやるのも芸がないし。難しい。オリエント急行はあくまでオリエント急行であるべきだと思うので。「脚本的には前作そのまま」に近いと予想して…劇場に向かいました。
▼2017年版「オリエント急行殺人事件」
▼同じくシドニー・ルメット監督の、こちらも古典的名作。