【映画で語ろう】カムシネマ★3分で語れるようになるポイント【ネタバレあらすじ】

映画を観たなら語りたい。酒でも飲みつつ語りたい。3分で「語りポイント」がわかる映画ネタバレあらすじ集。

3分で映画『少女は悪魔を待ちわびて』を語れるようになるネタバレあらすじ

基本データ・おススメ度

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『少女は悪魔を待ちわびて』
原題:널 기다리며
2016年 韓国
監督:モ・ホンジン
出演:シム・ウギョン、キム・ソンオ、ユン・ジェムン
 おススメ度 ★★★★☆(4/5)

 バイオレンスが苦手じゃない人、韓国映画が好きな人には★5。

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 簡単にいうとこんな話(ネタバレなし)

 かつての連続殺人事件の犯人が刑務所を出所する。7人の殺しながら証拠不十分でわずか15年での出所だった。愛する父親を殺された少女は、復讐のために男の出所を15年間待ち続けていた。犯罪被害者の遺族の無念に迫り、彼女の復讐をひたすら描く、執念の物語。

ネタバレあらすじ

 冒頭、裁判所で連続殺人犯の男の裁判が行われている。多数の遺族が見守る中、7人もの人間を殺しながら有罪立証されたのは1件だけ

 わずか15年の刑が確定する。泣きわめき、抗議の声をあげる遺族たちの中に、まだ幼かった主人公、ヒジュもいた。ヒジュもまた、男に父親を殺された被害者家族だった。

 警部・デヨンは殺されたヒジュの父親の元・部下で、事件以降、ヒジュを娘のように可愛がっていた。ヒジュはひとり暮らしだったが、デヨンをはじめとする警察関係者に優しく面倒を見てもらって育っていったが…、

 その心の中では、密かにのギボムへの復讐の方法をず~っと考えながら生きていたのだった。ヒジュの自宅には事件や犯人に関する資料が、まるで捜査本部のように貼り巡らされており、ヒジュは長い期間をかけ、繰り返し繰り返し、ギボムへの復讐の方法をシュミレートしていた。
 15年後、出所する犯人・デボム。事件を良く知る警部・デヨンはギボムを監視するよう部下に命じる。ヒジュも密かに行動を開始する。すると、ギボムの周辺であらたな連続殺人が起こりだす。ギボムが買った娼婦など、関係のある人間が、いずれも15年前のギボムの手口と同じ殺され方で死んでいく。犯人はヒジュだった。自分が殺人犯になってでも、ギボムに罪をなすりつける作戦。警察もギボムが犯人だと色めき立つがアリバイがあったり証拠がなく捕まえられない。

 ひとつ不可解なことがあった。ヒジュは、殺人を「宿題」と呼んでいたが、ヒジュの宿題を代わりにやってくれた人がいるのだ。娼婦を殺したのはヒジュではなかった。「私の宿題をやってくれたのは誰?」
 やがて、ヒジュは、過去の連続殺人のすべてがギボムの仕業ではないと考え出す。「(15年前の)連続殺人の犯人はもうひとりいる!」ギボムは「刺すのが好き」だった、もう一人「切るのが好き」な男がいるはずだ。
 娼婦を殺したは、切るのが好きな男・ミンスだった。ミンスは元々はギボムの友達だったが、トラブルが元でギボムとの間には確執が芽生えていた。

 ミンスもまた、ギボムに罪をなすりつけようとしたのだったが、それを知ったギボムはミンスの元へ行き「殺すぞ」と脅す。その後、ヒジュがミンスを殺し、ギボムの宿泊先のホテルの部屋に遺体を運ぶ。帰ったギボムは驚く。ベッドの上でミンスが死んでいる。部屋に隠れていたのはヒジュは、顔を見られないように後ろからギボムの腰にナイフを突き刺す。腰椎を刺され身動きがとらなくなるギボム。ヒジュはその場でギボムを殺すこともできたが「悲劇を充分に味わいながら死んでいけ」と言い残し、去る。ミンス殺しは完全にギボムの仕業にされる。道中、ギボムもあらたな殺人を犯す。

 ヒジュの存在と目的を知ったギボムはヒジュを追いかける。森の中でようやく追いついた時、彼女は、森の中に設置してあるブランコに乗っていた。ギボムは「なにをしてるんだ?」と問いかける。ヒジュは「お前が全部殺した。私も。これで宿題は終わり。」そう言うと、ブランコの鉄柱につなげた鎖を自分の首に巻いた首輪とつなげ、強く漕いだブランコから手を離し、自らのカラダを天高く放り上げる。ヒジュの復讐が完遂した瞬間だった。

 駆けつけた警察、それを見て呆然としていたギボムは逮捕。今度こそ連続殺人犯として極刑になる。自殺したヒジュに駆け寄り抱きしめるデヨンは、ヒジュが言っていた言葉を思い出していた。
 「悪が勝つための条件はただ一つ。善良な人が何もしないこと」

つまりこんな映画(語りポイント)

 まず、韓国映画の相変わらずの「絵の美しさ」に感嘆。
 最後、ブランコから足を外し、宙に舞うヒジュの姿…ここ、絵の美しさだけで感動しました。例えば、雨の中、殺人、流れる雨に混じって赤い血が流れていく…なんて構図は定番中の定番でありますが、それは見た目が美しいというだけでなく「雨水と共にあっさり流され忘れ去られていく」構図が、人間の命の儚さ、もろさ…を現していて、比喩表現として美しい。

 突っ込みどころはいろいろあります。細かいこと言いっこなしな脚本でもある。ただ、映画なんだから、物語なんだから、それでいい。

 悪い奴が世にのさばるのが世の常。その中で復讐を果たす主人公。

 そう聞いただけで、リアリティある物語にするのは相当難しい。

 そこで「善が勝つ」ためには、少女期を含む全人生を捧げて、すべてを犠牲にしてでも、なんとでも成し遂げるという執念、身を挺してぶつかる覚悟が必要なのだろう。
 「悪が勝つための条件はただ一つ。善良な人が何もしないこと」

 その言葉を信じて実践した少女に、拍手しないわけにはいかない。また、そんなベタベタな設定を恥ずかしげもなくやってくれる韓国映画が、僕は好きです。

 

 人間はいつも「生まれてきた意味」を考えるけど『生まれてきた意味なんて(元来)ない。』と思います。強いていうなら、単なる「種の保存と繁栄のため」。
 だからこそ、「そんなものない」からこそ、僕らは、生まれてきた意味を自分で考え、自分で探さなきゃいけない。その過程で「よし、僕は(私は)このために生きる。このために死ぬ」という目標をみつけた人間は、無条件で幸せなんだと思います。たとえそれが悲劇的なことでも、報われないことでも。

 ヒジュは全人生を復讐にかけて、想いを果たして自らの命を絶つ。それを、ただ暗い終わり方として嫌うかどうか、は、観る人の好みなのでしょう。